先輩の声

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東京本社報道局世論調査部 石本 登志男 数理学府修了 2012年入社

Profile

出身:福岡県
福岡は、温故知新の都だと思います。住みやすいです!

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / テニス部
高校 / 弓道部
大学 / アメフト部

ひとこと:中学、高校は友達の誘いで入部しましたが、長く続きませんでした。大学では、友達の誘いとは関係なく部活を始めて、長く続きました。試合に勝ったら一緒に喜び、負けたら共に涙を流す、そんな本格的な部活が最後にできて、本当によかったと思います。

職歴・キャリア

2012年4月:入社

同年:世論調査部 主に集計担当

2015年5月:奈良総局

入社動機

理系では考えもつかないような仕事、研究開発の仕事をしてみたいと思っていました。朝日新聞社の入社試験を受けたきっかけは、大学の先生からの紹介でしたが、いまの私の仕事内容は、まさに元々の希望と合致していました。

オフの過ごし方

休日は、1日中パソコンと向かい合ってインターネットをしていることもあります。
友達と会えるときは、カラオケやボウリングをしたり、ちょっと高級な料理店に行ったりして発散しています。カラオケやラーメン食べ歩きなら、一人でも行きます。

座右の銘・好きな言葉

「継続は力なり」 「呑舟の魚は枝流に游がず」

新入部員にひとこと

就職活動、これから大変ですけど頑張ってください!私は、数学の大学院博士課程から、朝日新聞社に入社しました!朝日新聞社は、多様性を認めてもらえる一流の新聞社だと思います!

世論調査に必要な情報収集から質問設定・集計まで。リーダーとしてスタッフをとりまとめる

世論調査部での仕事:「選挙人名簿登録者数調査」から世論調査に必要な情報を抽出

世論調査を実施するための基本データとして重要な「選挙人名簿登録者数調査」のキャップとして、全国2000近くある市区町村の選挙管理委員会から、20数人のアルバイトの皆さんと一緒に、必要な情報を集めていました。私自身は世論調査部の会議出席などで持ち場を離れないといけない時間が多いため、アルバイトのみなさんにどう仕事内容を理解してもらい、作業を進めていくか、ということによく注意しています。「パソコンの扱いが得意」、「担当者との電話応対が得意」、「取りまとめが得意」、といった各人の向き不向きを考えて、それぞれに役割を与えるようにしています。上手くいったら先に進めるけれど、上手くいかなかったらやり直し、ということを繰り返してきました。失敗したときは解決策をみんなで考え、作業が前進したときはみんなで喜びを共有し、2カ月近く取り組みました。

ようやくそのゴールが見えたとき、「このアルバイト、やっててよかった。もう終わってしまうのは寂しい」としみじみと感想を言ってくれる人もいました。彼らにとっても、私自身にとっても、この作業を通じて成長が実感できたのは本当によかったと思いました。

うれしかったこと:昨年の失敗を乗り越え選挙時に活躍。やっと部の一員になれた気がした

世論調査部で最も大きな仕事は、国政選挙が開かれるときの、候補者の当落予測や議席の推計をするための大規模な調査です。私は、昨年の衆議院選挙と、今年の参議院選挙で、これらの仕事を経験してきました。2012年12月の衆議院選挙の調査のときは右も左も分からず、選挙に出る候補者の情報を取り違えて伝達するなど、大きな失敗を何度もしてしまって、その度に上司や先輩から叱られていました。その時を振り返って、ある上司からは、「衆院選のとき、石本は、役に立つ仕事を何もしていなかったくらいの印象だ」というふうに言われました。

その反省の気持ちを持って挑んだ今年の参議院選挙。私も、調査に向けて、半年間、準備を進めてきました。前に叱られたことがたくさんあった分だけ、気を付けることも頭に入っていました。調査の集計作業や、調査対象者との電話対応班など、私がメインとなる仕事は増えていました。衆議院選挙のときのような初歩的なミスを起こさずに、何とか成功と呼べる結果になりました。上司からは、「参院選の時は、石本は存在感があった」と言われました。ようやく世論調査部の一員になることができた、と感じられたことが一番うれしかったです。

印象に残っていること:世論調査の質問設定について、粘り強く取り組み成長できた

2013年4月、私の名前が初めて紙面に載りました。私は、「日本人の遊びはいま」というテーマで小委員長(世論調査のテーマ決めのリーダー役割)を任されていました。昔と今、高齢層と若年層で大きく変わる「遊び」のことを、現代人はどのように考えているか、を聞くことが目的でした。また、私は、「電子空間との付き合いかた」に関心を持っていました。もともとテレビゲームが好きで一人でも楽しんでいたり、また現在ではインターネットを通じて知り合った友達がいたりするからです。

世論調査の質問は、会議で部内のメンバーと話し合って決めていきますが、最初はやはり私の意見は受け入れられませんでした。「質問したいことが意味不明」「遊びというテーマを、何か別のものにしたほうがいいのではないか」と言われ続けて、疲れ切ってしまうときもありました。しかし、上司のサポートのおかげで、質問を良い形で練り直し、最後には私の質問案は会議で認められました。仕事をしていく上で、必要な粘り強さが身につけられたと思います。

実際に調査をした結果は紙面に載ることになり、私は家族や友達、恩師にも、「明日の朝刊を読んでください」と連絡しました。大学の恩師からは「間違いなく社会人として活躍していることを実感でき、よかったです」とメッセージをいただき、苦労が実ったと思いました。

仕事上の課題:正解かわからなくても「自分なりの考え方」をまず発言してみる

仕事をしていく上で、「自分なりのものの考え方」を再確認しています。私の場合、大学生活では、「正解が何か」が分かる(分かりそうな)ことがらに対して、その正解を導くプロセスを勉強してきたという面が大きかったのですが、社会に出て働いてみると、必ずしも正解がはっきりしないことがらについて考えることが多くあります。世論調査部での会議でも、どんな質問をしたらいいか考えているとき、そういった「答えの出ない」問題を解こうとしているような形になります。

そこで、こういった問題に対して、「60%正解」のようなことでも発言せよ、と周りからよく言われます。私の場合、大学では「100%正解」の答えを追い求めていたせいもあって、この「60%正解」の発言をするのがとても難しく感じます。「自分なりの考え方」を発言することは、「60%正解」の発言をすることに近いのだと思います。これまで正解を追求して自分の考えを押し殺してきた分を取り払っていくことを目指しています。

現在の仕事:奈良総局で、若手記者とともに事件・事故、「街の話題」を取材

2015年5月、私は奈良総局に異動しました。視野を広げるため、地方記者の経験を積むことを希望しました。総局には入社1~3年目の記者もいて元気をもらいながらの生活を送っています。担当は県警で、事件や事故があると現場に駆けつけ、警察署を回ってあいさつするなど警察官と日頃からコミュニケーションをとっています。もちろん「街の話題」の取材をして記事にするという新聞記者の仕事は欠かせません。東京本社で勤務した約3年は、外に出て取材するということが少なく、奈良に来た時点でほぼ新人同然で、何度も壁にぶつかってきました。

私が一番印象に残っているのは、「県内の芸術家が個展を開く」という取材をしたときのことです。6月上旬、取材の経験を積み始めた頃のことでした。その芸術家、東尚彦さんは奈良から世界に活躍を広げられている方でした。取材を申し込んで個展で話したときに「何のために来たんだ」「絵のことを知らないやつには何も話せない」と言われ、最初は内容をまともにまとめられませんでした。私が書いた最初の原稿を見たデスクからは「もう一度取材して一つひとつ確認して」「写真を撮り直して」と言われ、次の日も、その次も個展に足を運んで取材をしました。結局、私の取材の拙さから不十分な所が多かったのですが、デスクに上手くまとめていただき、写真と原稿は奈良県版の記事になりました。記事を見た東さんから「あまり期待してなかったけど、写真も上手く撮れてるし、きれいにまとまってるなあ」と感想をいただき、苦労が報われて良かったと思いました。

10月に入って、その東さんから電話がありました。「特に用はないけど、ふと君のことを思い出したんや。元気にやっているか」。私は「はい、たくさん勉強して毎日が大変ですが元気です」と答えました。「そうか。がんばれよ」と応援していただきました。あの記事ができるまで協力してくださった皆さんに改めて感謝して、これからも頑張ろうと思いました。

これから:自分の得意分野以外のところで知識の幅を広げる努力を

今は、自分の知識の幅を広げていきたいと思っています。大学で研究に明け暮れていた日々も自分の中では大事なものだったのですが、その代償として、たとえば政治に関心がそれほどなくなっていたりするなど、基本的なことから分からなくなってきています。このように、自分の得意分野以外のところで知識を増やすことこそ、今の自分に求められているのではないかと思います。仕事をしていく中で、そのトレーニングができたらいいと思います。

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