先輩の声

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映像報道部 川村 直子 経済学部 2001年入社

Profile

出身:大阪府
大阪生まれで実家は奈良です。親しみやすさでしょうか。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / テニス
高校時代・大学時代 / 音楽活動とアルバイト

ひとこと:情熱の方向性が似通った友人たちに出会えたこと。パンク魂は大事です。

職歴・キャリア

2001年4月:入社

同年:東京本社映像センター研修

2001年9月:高知総局 警察、遊軍担当

2002年9月:大阪本社映像本部

2008年9月:東京本社写真部

2012年5月:東京本社社会部 遊軍担当

2013年5月:東京本社写真部

入社動機

飛び込みで雇ってもらった新世界(という大阪の地域)の立ち飲み屋さんで「撮るだけじゃなく伝えなきゃ」と思ったのが、軌道を変えたきっかけです。

オフの過ごし方

ごろごろしてます。

座右の銘・好きな言葉

好きな言葉とは違うように思いますが「私の見ている赤とあなたの見ている赤は違う」

新入部員にひとこと

自分の芯を大切に、体に気をつけて、どうか頑張ってください。一緒に働けるのを楽しみにしています。

知りたい、伝えたい、とカメラを通して見つめ、一瞬一瞬の命の輝きを撮り続ける。

現在の仕事:新聞に掲載されるあらゆる出来事を取材、撮影する

映像報道部は、自然災害、事件、スポーツ、季節の風景など、新聞に掲載されるあらゆる出来事を取材、撮影する部署です。全般的な撮影のほか、私は今、主に認知症の年間連載や、原発事故からの避難者の方々を取材しています。また、ソチ五輪に向けた競技会の撮影を行っています。知りたい、伝えたい、とカメラを通して見つめることで、日常の風景や暮らしの中に、人の表情や体の動きに、日々新しく、世界の美しさを知ることができる。それはこの仕事の大きな魅力です。

東日本大震災では、震災の翌々日に現地入りをしました。ガソリン不足で高速道路も不通、肉親の安否確認にさえ行けない人たちがいる中で、現地へ行く責任と、この仕事のありがたさを感じました。新聞に載る撮影者名はひとりです。けれどその背後には、後方支援をしてくれている部局内外の人たち、他の仕事を請け負ってくれている、多くの仲間がいます。被災地で私が目にしたのは、明日も分からぬ中で、皆が自分の仕事を果たそうとする姿でした。自宅を流された開業医は知人宅を転々としながら診療をし、消防団員は自宅を見ぬまま捜索活動を続け、母親たちは炊き出しを行っていました。その力強さは尊く、胸を打たれました。自分はどうだろう、と顧みたとき、私もやはり、写真を撮っていたい、と思いました。一瞬一瞬の命の輝きを伝えたい。そう思える仕事に携われるのは、幸せなことだと感じています。

大切にしていること:じっくり話を伺い、誠意をもって撮る

大阪写真部の1年目の頃、私はスポーツ担当をしながら、出勤前の早朝や仕事後の夜、休みの日などに、野宿生活者のテントに通っていました。偶然それを知った先輩から「スポーツ取材に支障をきたす。絶対に行くな」と叱責されたのですが、納得できず、以後もテントを訪ねていました。当時大阪市役所前には最大規模の青テントが抗議の意味を込めて並んでおり、その建設前から、私は彼らのそばにいました。けれど紙面化できなかった。「直ちゃんには、そんなことしてほしいんやない。写真を撮ってほしいんや」。炊き出しを手伝う私に、リーダー格のおじさんが言った言葉は、ずっと胸に刺さっています。私の役割は、広く伝えることだった。なのに、いろんなことに躊躇して、レンズを向け続けられなかったのです。

それ以来、災害や事故、撮影を嫌だと感じる人がいるかもしれない現場では特に、私は伝えるためにここにいる、と心に強く思います。理解するために話を聞く。共に過ごす。その上で、誠意をもって撮る。自分にとって、それが、きちんと伝える、ということです。

初任地でのこと:丹念に取材しなければ、本質にたどり着けない

総局記者時代、サッカー部の遠征中に落雷に遭って重い障害を負い、除籍となった高校を相手に裁判中の青年とその家族を取材しました。自然災害だから、とメディアはあまり関心を寄せていませんでしたが、私は手紙を書き、会いに行きました。母親から、教師へのこれまでの信頼や、子どもが社会から疎外されていく不安と苦しさの訴えを聞き、なぜ学校は家族を支えられなかったのだろう、と高校を訪ねました。「勝ってはならない裁判なんです」。思いもしなかった、ある先生の吐露に、私は言葉を失いました。決定的に悪い人はいない。だからこそ解決は難しい。物事はつねに想像以上に複雑で、それを丹念に取材しなければ、本質にたどり着けず、ただ多くを傷つけてしまう。もしも、こうした思いに触れず原稿を書き、掲載後に知ったなら、どれほど後悔していただろうか、と怖くなります。どんな立場の人にも話を聞くことをためらわず、真摯に向かい合うことの大切さを教えてくれた取材でした。裁判は次第に注目を集め、最高裁が審理を差し戻し、家族は勝訴判決を得ました。

仕事上のモットー:ひとつひとつの取材を大切に

2013年3月 認知症連載食事を終えて顔を見合わせる夫婦/川村撮影

心をこめて撮っています。取材相手の方にとっては、写真が大切な記念になることも多いので、ひとつひとつの取材を大事にします。

私は入社まで、報道写真を志していたわけでは全くなく、切ない感情や記憶を呼び起こす写真というものにひかれ、この媒体に興味を持ちました。新聞写真にひかれないのなら、変えればいいのかも、変えたいかも、と思ったのです。小さな声に耳を済ませて、見えにくい事実、言葉だけでは伝わらない思い、ひとつの情景からさまざまな感情を想起できる写真を届けたい。そう思っています。

これから:その国の文化を意識しながら取材を続ける

いまはソチ五輪を担当し、出場選手やチームを決める予選・選考会の取材で海外に出張しています。にわか仕込みで現地の文化風俗を学びたいと思い、ロシア語を勉強中です。カタコトにもほど遠いあいうえおレベルですが、少しでも近づきたくて。国内外、どんな場所からも丁寧なルポを届けられるような写真記者になりたいと思っています。

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