先輩の声

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特別報道部 鬼原 民幸 政治経済学部政治学科卒 2005年入社

Profile

出身:千葉県
生まれは鹿児島。育ちは千葉です。鹿児島の魅力は豊かな海と温泉。千葉は地理的な利便性でしょうか(笑)。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / なし
高校 / 和太鼓
大学 / 和太鼓

ひとこと:和太鼓をやっていたおかげで、いつでも、どこでも、何かをたたけばリズムを刻めます。これ結構、役に立つことがあるんです。

職歴・キャリア

2005年4月:入社

同年:大津総局

2008年4月:広島総局

2010年4月:政治部 首相担当、公明党担当、民主党担当など

2012年4月:特別報道部 手抜き除染問題担当など

2014年より 国際報道部(語学留学)

2015年6月:国際報道部

2016年4月:政治部

入社動機

さまざまな新聞社を考えましたし、就職活動時には何人かの記者の方に話を聞きました。その中で、朝日新聞の記者の方が一番楽しそうでした。お堅いイメージがあったのですが、実際は結構自由な社風なんだなと思いましたね。実際働いていても、結構自由だし、だいぶ楽しいですね。

オフの過ごし方

オフはだいたいドライブ、自転車、花壇いじりなどをして過ごしています。

座右の銘・好きな言葉

「人を幸せにするために、まず自分が幸せになれ」

新入部員にひとこと

新聞は売れない時代だと言われますが、率直に言うと、新聞記者にできること、新聞記者がやらなければならないことは今後増える一方だと思います。つまり、新聞は人々に必要とされ続けます。他にもっと給料のいい仕事や、華々しい仕事もあるでしょうに、それでも記者になりたいと思っているあなたは、とても社会に対する問題意識の高い人だと思います。その時点で記者の資質十分。いつの日か、一緒に現場を駆け回る日を楽しみにしています。

記事をきっかけに世の中がどう変わるのか。その答えを永遠に追い求める。

特別報道部の仕事:「朝日新聞でしか読めない特ダネ」を読者に届ける

特別報道部は朝日新聞社の中では比較的新しい部署です。これまでの新聞社と言えば、政治、経済、社会、国際報道、文化などの部署に分かれ、それぞれの記者が担当分野を取材し、それぞれに割り振られた面に記事を書くというスタイルが一般的でした。しかし、それらの部に所属していると日々の仕事に忙殺され、なかなか時間をかけた取材ができないことがあるのです。私もそうでした。そこで、既存の部署という枠にとらわれずに時間をかけて丁寧に調査報道をする。そんな報道のあり方を探ろうと設けられたのが特別報道部でした。現在20人以上の記者が所属していますが、前任の部は様々です。私は政治部出身ですが、社会、経済、国際報道、文化くらしなどの各部署から、年齢も入社年次もばらばらな記者が集まっています。各記者がこれまで培った多種多様な視点や手法を駆使し、それまでの担当に関係なく自由にネタを追いかけているのです。インターネットを開けば、たくさんの情報がタダで飛び込んでくる時代です。その荒波にもまれながらも、特別報道部の記者たちは「朝日新聞でしか読めない特ダネ」を読者に届けるべく、日々日本中、世界中を飛び回っています。

印象に残っていること:調査報道の特ダネ「手抜き除染」を追う

私が特別報道部で担当していたテーマの一つに「手抜き除染」の問題があります。国が福島県内で展開する除染事業で、本来回収しなければならない枝葉や土を作業員が投棄していたという話です。同僚の記者がつかんだネタをきっかけに、投棄の決定的瞬間をカメラに収めようと私を含めたチームが何日も除染現場近くの山中に潜みました。当時は真冬で雪が積もっていました。最低気温はマイナス2度。そんな中で毎日数時間カメラを構え続け、ようやく投棄現場の写真を撮ることができた時は手が震えました。その後もチームで取材を積み重ね、2013年1月4日の朝刊1面に、調査報道の特ダネとして、その時撮った写真とともに掲載することができました。記事は「書いて終わり」ではありません。その記事をきっかけに世の中がどう変わるのかということこそ大切で、その過程のチェックは記者の重要な役割です。手抜き除染の報道を契機に、これから除染をどうしていくかという国民的な議論が高まり、国は除染のあり方を見直しました。そうした記事の「効果」はチームの励みになりました。また、一連の報道が13年度の新聞協会賞に選ばれたことも、とてもうれしい出来事でした。

中国留学と帰国後:国際報道部中国担当として、日中間の課題も魅力も率直に報道する

2014年から1年間、社内の制度を使って中国の南京と北京の大学に語学留学しました。期間中は語学の習得はもちろん、中国各地を回ったり、中国やその他の国の学生たちと親交を深めたり、忙しくも楽しい日々を過ごしました。

帰国後は国際報道部の中国担当として、国内の中国人を取材することはもちろん、時には中国へ出張し記事を書いています。国際報道部の魅力は、何と言っても世界から日本を見ることができるということです。

留学中、まず気づいたのは、一般の中国人の多くは、日本のことを魅力的だと思っているということです。私は日本にいたとき、「自分は中国人が嫌いだ。中国人も日本人が嫌いだ」と話す人や、そうした前提に基づく報道にたくさん触れてきました。しかし、よくよく聞いてみると、そこには少なからぬ思い込みや偏見があることに気づきます。実際に中国に行って、中国人の友達をつくり、きれいな景色を見たとき、きっと中国人へのイメージを良い方へ変える人は多いでしょう。一方の中国人もそうです。日本に来て、おいしい物を食べ、質の良い製品を買い、日本人の「礼」に触れるとき、彼らと日本の距離はもっと近くなるはずです。

とはいえ、誰もが中国へ行ったり、日本に来たりできるわけではない。そこで大事なのが、我々メディアの役割です。両国の人たちがお互いをより理解するために、それぞれの魅力を伝えるとともに、横たわる課題についても率直に報道する。その結果として、日本と中国の関係は、つまらない誤解のない、より実体的なものになるのではないでしょうか。

国際報道部の記者として、私はそんなことを考えながら日々取材しています。

現在の仕事:朝日新聞ならではの「政治部 財務省担当」として

現在は、東京本社の政治部に所属し、財務省を担当しています。政治部記者の取材相手は、政治家と、省庁の公務員、いわゆる「役人」に大きく分けられます。私は財務省担当ですから、公務員の人たちを取材することが多いです。

実は朝日新聞は、財務省に4人の記者を配置しています。そのうち3人は経済部の記者です。政治部は私だけ。それぞれ担当があるのですが、私は国際局、理財局、関税局という部署を受け持っています。財務省というと、国の予算とか、税制とか、お金にかかわる仕事が主なように思うかもしれません。もちろん、予算や税は財務省の重要な仕事です。ただし、財務省には他にもたくさんの部署があります。例えば国際局は、日本と外国との経済関係について、様々なテーマを扱っています。条約、協定、貿易、為替など、日々追いかけるネタはつきません。理財局は、国債や国有財産など、比較的私たちに身近な分野を管轄しています。関税局は、空港や港などで違法な輸出入がないか取り締まったり、違法な貿易を調査したりします。

こうした部署を担当すると、国際会議の取材など、海外出張も多くなります。私は毎朝、財務省に「出勤」し、各部署を回って取材をしています。同時に、もちろん政治家への取材もしなければなりません。時間を見つけて会いに行ったり、時には家に押しかけて話を聞いたりします。政治部の所属でありながら、経済部のような仕事もできる。「政治部 財務省担当」は、政治、経済、両方の分野に精通した記者を育成しようという朝日新聞ならではの担当なのです。

ターニングポイント:初任地は記者人生の基礎を築くフィールド

私の最初の赴任地は滋賀県の大津総局でした。警察担当になり、キャップの指示に従いながら事件や火事の現場をひたすら駆け回りました。生活は不規則ですし、休みはほとんどありません。それに、いくら夜討ち朝駆けをしても特ダネをつかむこともできませんでした。最初の数カ月は、正直「こんなにきつい仕事だとは思わなかった」と、いつも考えていました(苦笑)。でも、トンネルはいつか抜ける。私の場合は、夏の高校野球の県大会がきっかけでした。それまでとても厳しかったデスクが、私の撮った試合写真をとてもほめてくれたのです。翌日の紙面には大きくその写真が載りました。警察担当としては、事件系の特ダネを取って自信をつけるべきなのでしょうが、不出来な私の場合は高校野球の1枚の写真をきっかけに、ようやく少しだけ仕事に対する自信を持つことができたのを覚えています。もしあの写真を撮っていなければ、私のトンネルはもっともっと長かったのだと思います。不思議なもので、その後は事件系の特ダネも少しずつつかめるようになり、長文の記事を書かせてもらえるようにもなりました。初任地は記者人生の基礎を築くフィールドです。トンネルの長さは人それぞれですが、歯を食いしばって駆け回っていれば必ずきっかけは訪れる。今はそう思っています。

仕事上のモットー:「義務」ではなく、自分が扱うテーマを「愛する」こと

自分の追いかけているネタやテーマを「愛する」ように意識しています。好きな人とはどんなに長い時間いても飽きませんし、その人のために何かできることはないかと常に考えますよね。取材も一緒だと思います。ネタやテーマを愛せば、長時間そのことに没頭できるし、どうにかしてもっと魅力的な記事に仕上げたいと思案する。それは取材の質を高め、読む人に記者の「温度」が伝わるような記事につながっていくのです。ネタやテーマを「仕事」とか「義務」だと思った瞬間に、取材はつまらないものになります。必要最小限のデータしか集めようとしなくなり、特徴のない記事しか書けなくなる。新聞記者の仕事の基本の一つは、日々起こるたくさんの出来事を、できるだけ早く、正確に世の中に伝えることです。そのため、記事を書く作業は「右から左」の流れ作業になりがちなのです。私もずっとそうでしたから。「これじゃいけない」と自分なりに考えて、導き出した結論が「愛する」ことでした。それがあったから、手抜き除染の取材をした時も、冬山の極寒に耐えられたのだと思います。

これから:世界で通用する取材力を身につける

自分の取材フィールドをもっともっと広げたいと思っています。最低でもアメリカ、中国にはいつでも飛んで行き、取材ができるような力を身につけたい。これは政治部に赴任してから強く思ったことですが、いくら日本の政治と言っても、外国からの影響を受けるケースが非常に多い。外交問題にとどまらず、極めて内政的だと思われがちな問題でも、陰に陽に外国からの影響を受けているんですよね。日本を知るためには、本当は日本で取材しているだけでは足りないと思うのです。とはいえ、いきなり特派員になりたいと言っても難しいので、自分の取材力を高めるために日々の仕事の中で腕を磨き、経験を積み、将来に備えて少し語学も勉強する。そんな毎日です。

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