先輩の声

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スポーツ部 増田 創至 法学部卒 1999年入社

Profile

出身:神奈川県
横浜市鶴見区出身です。都心に近いわりに、自然が残っていると思う。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / 陸上部 最高は全国大会で4位
高校 / 陸上部 最高は大阪府大会で1位
大学 / 競走部(陸上部) 箱根駅伝などに出場

ひとこと:人生とは何かということの、半分は走ることから学んだと思っています。

職歴・キャリア

1999年4月:入社

同年:富山総局 県警担当

2001年9月:東埼玉支局 市政担当

2004年1月:東京本社スポーツ部 相撲担当など
(2006年4月~2007年3月 育児休業)

2008年4月:西部本社スポーツ部 陸上・サッカー担当

2013年2月:東京本社スポーツ部 陸上・サッカー担当 現在に至る

入社動機

文章を読み書きするのが好きで、幼い頃から漠然と記者に憧れていました。朝日を志望したのは、自宅で購読していたことや、学生時代に自分が駅伝でブレーキを起こして首位を奪われた記事を読み比べて、朝日の記事に敗者に対する温かみを感じたからです。

オフの過ごし方

社内結婚の共働き夫婦なので、オフはほとんど小学生の息子の世話です。一緒にサッカーをしたり、魚釣りをしたり、夕食の買い出しに出かけたり、宿題をさせたり・・・。子育てが一段落したら、趣味のトライアスロンに当てる時間を増やそうと思っています。

座右の銘・好きな言葉

「人間万事塞翁が馬」

新入部員にひとこと

新聞記者、楽しいですよ!!

アスリートと信頼関係を深めながらスポーツの"特ダネ"で紙面を飾る

現在の仕事:スポーツ好きならではの視点を大切に、記事をまとめる

スポーツ報道が仕事です。基本動作は、大会の時に記者席などで観戦し、ミックスゾーンで話を聞き、記事を書くことです。大会がない時は、練習場所や選手たちが出席するイベントなどに行って、情報を集めます。こうした情報は大会前の話題や展望として記事になります。日々の取材を通じて、選手や指導者と信頼関係が深まると、食事をしたり、遊びに出かけたりする中で、突っ込んだ話を知ることになり、他のメディアには掲載されていない「特ダネ」として紙面を飾ることがあります。

また、取材するのは競技についてだけではありません。選手や指導者の不祥事、競技団体の人事や国のスポーツ施策など、多岐にわたります。社会部など他の部署と一緒に取材することもあります。

スポーツ取材の魅力はいろいろありますが、自分がファンとして憧れていたスター選手に会って、直接話を聞いて質問できるのは、スポーツ好きにとって、これ以上ない楽しみではないでしょうか。

印象に残っていること:限られた行数で、世界陸上の感動を伝える

2009年にベルリンで開催された陸上の世界選手権の取材がとても印象に残っています。ウサイン・ボルト選手の100mの世界記録をスタンドの記者席で目撃しました。電光掲示で9秒58という数字が出た瞬間、思わず「おー」と声が出ました。隣の席のオーストラリアの記者も立ち上がって叫んでいました。ベルリンの世界陸上では、学生時代に一緒に走っていた2学年下の後輩、佐藤敦之選手が日本代表としてマラソンに出場していました。前年の北京五輪で、体調不良などで完走者の中で最下位という悔しさを味わい、そのリベンジの舞台でした。彼の練習に対するひたむきさを知っていたので、ゴールのブランデンブルク門に6位で戻ってきたのを見て、とても感動しました。ただ、記者としては喜んでいるばかりもいられません。自分の中のあふれんばかりの思いを、限られた行数で、一般の人にも分かりやすく伝える記事を書くのに四苦八苦しながら、仕事に対するやりがいをとても感じました。

私の修業時代:自分の中の常識や価値観を変える事件や事故を担当

スポーツ部に配属される前、富山、埼玉で約5年、事件事故、行政などの取材を担当しました。記者としての修業時代です。最初の富山総局で県警担当をしている時に、暴力団の組長夫婦が自宅で射殺される事件がありました。事件直後の暴力団事務所には怖くて入れませんでした。裁判所では殺人を犯した人間を初めて実際に見ました。被告はその後、死刑判決が確定。大学では法学部だったので、ひととおり刑法や刑事訴訟法を学んでいましたが、知識と体験は別物でした。

富山、埼玉での5年間は、老若男女、ありとあらゆる職業の人と接して、人生で初めての経験をたくさんしました。自分がこれまでいかに狭い世界で生きてきたかを思い知らされ、自分の中の常識、価値観を揺さぶられ、考え方が柔軟になったと思っています。

必要とされる力:短距離走者の宝庫、ジャマイカ取材で、語学力の重要性を認識

これだけは外せないと思うのは語学力です。私は英語を話せません。しかし、スポーツの世界は、世界との距離がとても近く、取材が国内で完結しないことが多々あります。ドメスティックな大相撲ですら、多くの海外出身力士がいないと成り立ちません。私が担当する陸上では、ウサイン・ボルト選手ら、ジャマイカの選手が大活躍しています。四国よりも小さく、人口も少ないカリブ海に浮かぶ小さな島国からばかり俊足の選手が誕生するのはなぜか。その謎に迫ろうと、2週間、出張して取材してきました。ジャマイカはレゲエ発祥の地でもあり、貧困地域の取材は欠かせず、警察官に同行してもらって話を聞きました。ジャマイカをガイドしてくれた人に通訳してもらい、記事にはできたのですが、細かなニュアンスはやはり通訳を介すとなかなか伝わらず、英語の必要性を痛感しました。

これから:2020年の東京オリンピックで自分にしか書けない記事を

2020年に開催される東京五輪の陸上競技を記者として取材したいと思っています。新聞記者といってもサラリーマンなので人事異動があります。「陸上のことならあいつに任せろ」と周囲から思われるような記者になることが、目標をかなえる方法だと思っています。私は陸上のおかげでとても幸せな人生を送ってきました。入社前の希望通り、記者として担当することになり、多くの記事を書くことが陸上界への恩返しになると思って仕事をしています。ライフワークです。くしくも世の中はマラソンブーム。私が学生時代の皇居の周りを走っている人はほとんどいませんでしたが、今ではたくさんのランナーがジョギングを楽しんでいます。記事を書くことで、陸上界の発展に少しでも寄与できれば、こんなに幸せなことはありません。

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