先輩の声

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デジタル編集部 奥山 晶二郎 産業社会学部 産業社会学科卒 2000年入社

Profile

出身:北海道
北海道のいいところは、黒くて光る虫がいないところ。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学時代/なし
高校時代/バドミントン部
大学時代/新聞部

ひとこと:大学の新聞部でたくさんの変な人に会い、それが新聞社に入るきっかけになりました。

職歴・キャリア

2000年4月:入社

同年:佐賀支局(現佐賀総局)

2002年9月:東山口支局

2005年4月:西部編集センター(現統合編集センター)

2007年9月:デジタルメディア本部WEB編成セクション(現デジタル本部)

2011年1月:デジタル本部デジタル編集部

入社動機

自分にはないものを持っている変な人が好きで、新聞社に行けば、変な人に出会える気がして入社試験を受けました。大学で出会った変な先輩が何人か新聞社に入社して。「あんな人が行く会社って、変な人だらけに違いない」と思ったのです。入ってから出会ったのは、もっと変な人たちばかりでした。
あと、何か専門的な分野で仕事をするよりも、色々な世界を見られる仕事がしたいと思っていました。全国紙は、高校野球からTPPまで何でも扱っています。その幅広さは、自分に合っている気がしました。

オフの過ごし方

歌舞伎町の繁華街にある新宿バッティングセンターに時々、行きます。泥酔していたり、しらふだったり、サラリーマンだったり、夜の接客業だったり。色んな人が、なぜか同じようにバットを振っている不思議な空間です。
月間ホームランランキングというのがあるのですが、打率とかではなくて、単純に本数を打った人が表彰されます。それだと通い詰めた人が有利なのですが、そういう、ちょっと不条理なところも魅力です。

座右の銘・好きな言葉

「みなさんはいつもとても飽きっぽい」
岡崎京子さんのマンガ「ヘルタースケルター」に出てくる台詞です。ひねくれた感じの言い回しですが、伝えたいことはあの手この手で工夫して発信していかないとだめ、いう意味でとらえています。
例えば東日本大震災の報道。記事でいくら被災者の苦労を書いても、発生当時に比べると、どうしても注目されにくい現実があります。
普段からニュースに接していると、すぐに飽きがきます。その飽きをやり込めることが、大事なんじゃないかと思っています。

新入部員にひとこと

ネット業界には「A/Bテスト」という考え方があります。あるサイトについて、違う見え方のものを事前に用意しておいて、ランダムに見せるのです。そして、どっちのパターンがうまくいくかを試して、いい方を採用します。「A/Bテスト」において失敗という考え方はありません。いい数字が取れなかったパターンは、選択肢を絞るためには、必要不可欠な存在です。何かしくじったと思ったら、それを繰り返さなければいいだけ。「A/Bテスト」をしたんだと思ってしまうのはどうでしょう。

新聞社が培ってきた取材手法とコンテンツ力を武器に、デジタルという新しい場所に情報を発信

現在の仕事:「withnews」を通じて、若い人に新聞社の記事を届ける

デジタル編集部は、ニュースサイト「朝日新聞デジタル」の編成と、デジタルの関連事業の情報発信を担当しています。

私の担当はちょっと変わっていて「withnews」という「朝日新聞デジタル」とは別のサイトの編集をしています。ぱっと見、朝日新聞のサイトには見えないこのサイトは、スマホをよく使う、特に若い人に新聞社の記事を読んでもらいたくて生まれました。新聞社のニュースって難しいと思われがちです。一方で、ネット上にある情報はあやふやなものが少なくありません。そこで「withnews」では、ちゃんと取材をしつつ、読みやすい形にした記事を届けています。

仕事の魅力は、紙の世界だけでは得られない広がりです。ネット上の盛り上がりを意識しながら、今、人々が読みたがっているものを取材します。そうすると、記事によっては、新聞を読んでいる人以上の数の読者に自分の記事が届くこともあります。

取材リクエストというコーナーでは、自分たちが思いつかないような取材のきっかけをもらっています。

新聞社が育ててきたしっかりした取材手法は、紙でもネットでも、十分、通用します。というか、より求められています。それをデジタルという新しい場所で発信しています。

ベンチャーと大企業の両方のやりがいを得られる、それが一番の魅力です。

やりがいを感じたこと:新しいメディア「withnews」を立ち上げ、育てる喜び

「withnews」は新しいメディアなので、当然、最初の知名度はゼロでした。これまで「朝日新聞の記者」を名乗れば取材ができていたのが、知らないネットメディアということで、お断りされることもありました。

正直、そういう時はへこみますが、新聞社の看板は、これまで積み上げた信頼というか、社会に必要とされてきた積み重ねによって成り立っているんだと実感した瞬間でもありました。

サイトをスタートして、いくつか多くの人に読まれる記事を生み出すことができ、「withnews」という名前も知ってもらえるようになりました。そうすると、情報提供の連絡もいただくようになりました。

メディアというのはこんな感じで一人前になっていくんだと、実感しています。紙しかなかった時代には、記者がこんな経験を積むことはなかったと思います。最初はちょっとつらかったけれど、今では、ネット時代ならではの体験だったなあと思っています。

忘れられないこと:チームならではの仕事ができる新聞社の可能性を感じた

九州にいた時のことです。補助金を不正に使っている疑惑のある企業を取材していました。その取材は大がかりなもので、色んな地域から記者が集められて、私もその1人でした。

取材が大詰めを迎えた時、最後に現場の様子を証言してくれる人が必要になりました。私は証言者を探して、深夜に色んな家を回っていました。その家は最初、呼び鈴に応答がなくて「寝てたら、怒られるかも・・・」と思いながら、こわごわとまた鳴らしました。それでも誰も出てこなくて。「あと1回鳴らしたらあきらめよう」と思って押した時、住人が出てきてくれました。

すごくいい人で、貴重な証言をしてくれました。それをすぐにデスクに伝えて、私の聞いた話と、他の記者が聞いた話が合体して、大きな記事になりました。そして、その企業は疑惑を認めざるを得なくなり、トップが交代する事態に発展しました。

私の聞いた話は、記事のごく一部です。それだけで記事にすることはできません。でも、多くの記者が走り回って見つけた情報が集まることで、大きな力を生み出すことができたのです。

新聞社というのは、そういう風に、個人ではできない仕事を、同じ目的をもった仲間と一緒になって、形にしています。デジタル上では、情報の発信が個人でも簡単にできるようになりました。そんな時代だからこそ、チームならではの仕事ができる新聞社の可能性を感じています。

仕事上のモットー:新聞社の記者が仕事として記事を書くことの意味を意識

自己満足にならないように気をつけています。記事って書くだけなら、ある意味、誰でも書けてしまうところがあります。今はブログやツイッターなどで、簡単に自分の言葉を発信できますし。

だとしたら、新聞社の記者が仕事として記事を書くことの意味って何だろう? それは、必要とされている情報を選び、ちゃんとその言葉が伝わるまでを意識して書くことじゃないかと思っています。

紙面は特にそうですが、ウェブでも記事のスタイルにして世にだすと、仕事しちゃった感が出てきます。でも本当はそこからが勝負です。どうやってそれを多くの人に届けるか、見出しがいまいちだったら工夫してみたり、写真がスマホの画面でわかりにくかったら変えてみたり、色んな手を考えるように心がけています。

これから:読んだ人が満足するような記事を書く

ここにしかないものを作りたいと思っています。言い換えると、他のメディアでもできるようなことは、なるべく避けて、自分たちが必要とされる場所を探したいと思っています。

デジタルの世界は、情報の垣根が低くて、検索するとすぐに色んな情報が引っかかります。たいていの調べ物はそこで済んでしまいますが、中には、検索だけでは物足りない情報もあります。

「withnews」では、ネット上のうわさも真剣に取材します。きっかけはやわらかいもの、ネタっぽいものであっても、ちゃんと調べると、けっこう大事な話が隠れています。そういう情報を、読みやすい形にして、届けることで、自分たちにしかできない分野を生み出そうとしています。

新聞社がちゃんと調べた情報と、ネット上のうわさでは、やっぱり違う。それが伝わるような発信方法に知恵を絞り、読んだ人が満足するような記事を書かないといけないなあと思っています。

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