先輩の声

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映像報道部 関田 航 体育学部体育学科卒 2009年入社

Profile

出身:神奈川県
おしゃれというイメージがある。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / サッカー部
高校 / サッカー部
大学 / サッカー部

ひとこと:組織の中で自分がどのような役割を果たすべきかを考えられるようになりました。特に大学の4年間は、全国から頂点を目指してきた部員の中で、プレーヤーとして励みつつも、伝統ある部の運営や地域との交流などの活動を通して、自分の役割を見つけ、徹することの大事さを学びました。また、サッカーを通じて知り合った仲間との絆も、得られた大きなものの一つです。

職歴・キャリア

2009年4月:入社

同年:東京本社 編集局 写真センター

2010年4月:福島総局 福島県警担当

2011年6月:福岡本部 報道センター 写真グループ

2013年4月:東京本社 報道局 写真部

入社動機

実家が朝日新聞を購読していたから。

オフの過ごし方

バイクでどこかに行く(最近行っていない)。

座右の銘・好きな言葉

「Hello, Stranger」

新入部員にひとこと

私も学生時代は部活に励みながら、説明会や入社試験のために東京に通いました。大変だと思いますが、人生の勝負だと思ってがんばって下さい。

一瞬の躍動を、一瞬のできごとを取り逃すことのないようシャッターを切る

現在の仕事:いろいろな分野を取材し写真を通して伝える

映像報道部のカメラマンとして、日々のニュースを追いかけています。事件が起きれば現場に向かい、政治が動けば国会に行く。大物政治家や芸能人のインタビューに行くこともあります。スポーツは、昔ほどは頻繁ではありませんが、プロ野球やJリーグが大詰めになると、スタジアムに足を運びます。現在私は、サッカーを中心にスポーツ取材に赴くことも多く、2014年に行われるW杯ブラジル大会の予選も取材しました。もともと学生時代にサッカーをしていたこともあり、一流のプレーを間近で見られることはうれしいことですが、それ以上に、超望遠レンズを振り回し、一瞬の躍動を逃すことがないようにするためには、大きなプレッシャーがかかります。いい写真が撮れたときは、喜びも倍増です。

私が思うこの仕事のいいところは、写真でいろいろな分野の取材に取り組める、ということです。社会性のあるテーマに取り組むことで、人の心に触れるような経験ができることは、何にも代え難い経験です。

ターニングポイント:何のために現場にいるのか、それを問い直した経験

カメラマンとして仕事をする中で、カメラを向けてもいいものか悩む場面に度々遭遇します。前任地・福岡で、全国で唯一の競艇学校を取材したときのこと。競艇というと、ギャンブルとの印象が強かったのですが、その向こうにいるボートレーサーを目指す若者に迫りたいと思いました。

命に関わる大事故も起こりうる競艇は、練習も常に危険と隣り合わせです。取材中のある日、落水した男子訓練生が、並走していた女子訓練生のボートのスクリューで指を切ってしまう事故に出くわしました。男子訓練生の指は、切断されずに済んだものの十数針縫う大けが。女子訓練生は、ショックで泣きじゃくり、現場は騒然としました。

卒業も近づき、ボートに乗る姿は精悍でかっこいい彼女たちですが、まだ二十歳前後の普通の女性です。厳しい訓練現場で垣間見えた素顔。シャッターチャンスのはずですが、うちひしがれる姿にカメラを向けることには、ためらいがありました。撮るべきだと思いながらも、なかなか勇気がわきませんでした。取材現場にいて、二度と無いかも知れない瞬間を、撮り逃すことは許されるのか。悩みながらもそっと近づき、シャッターを切りました。撮影されていることに気付いた彼女たちはやはり、怪訝な顔で身を隠してしまいましたが、写真は許可を得て掲載することができました。

「何のために現場にいるのか」。そのことを、強く自分に問い直した経験でした。カメラマンは、人の喜びだけでなく、悲しみや怒りの現場を、写真で伝える仕事です。これからも、競艇学校で感じた葛藤を忘れず、相手に理解してもらえるよう努めていきたいです。

わすれられないこと:福島総局員時代、避難所で出会ったひとたちのこと

2013年3月 東日本大震災2年 いわき市薄磯の海岸で手を合わせる親子/関田撮影

福島総局員時代に経験した東日本大震災では、自分も被災しながら取材に奔走しました。福島第一原発の事故から避難してきた人たちの「もう二度とふるさとに帰ることはできないかも知れない」という切実な思いに触れ、自分にできることは、そういう人たちの思いを聞き、気持ちを理解しようと努めることしかないと感じました。

総局からほど近い避難所で、病気で余命2カ月と医者に宣告された男性と出会いました。男性はふるさとに帰ることはあきらめていましたが、妻が一時帰宅する際に、子どもが小さかった頃の写真をとってきて欲しいとお願いしました。家庭を顧みなかったという男性が、震災で家族との距離が近くなり、笑顔を見せるようになったと妻は喜んでいました。困難の中でも、人は生きる希望を見つけることができる。家族が狭い避難所の一室で笑い合う姿を見て、そう感じました。

誰もが経験したことのない事態に遭遇した人とどう向き合うか。おそらく答えはないですが、相手と誠実に向き合い、寄り添う気持ちを忘れないことだと思います。写真部員に戻った後も、その気持ちは変わりません。

仕事上のモットー:機材を大事に扱うこと

2013年7月 サッカー東アジア選手権 韓国戦のロスタイムにゴールを決め、喜ぶ柿谷(中央)と日本代表の選手たち/関田撮影

いくら腕のいいカメラマンでも、機材がなければ腕を発揮することはできません。スポーツなどで使う超望遠レンズを始め、カメラやレンズを合わせた値段も大変高額なので、故障させたりすることがないように注意を払います。一日の仕事が終わったら、バッテリーの残量を確認し、カメラやレンズをきれいにし、翌日の仕事ですぐに動けるように準備をします。

撮影するときは「同じ瞬間は二度と来ない」と心に念じて撮影に臨みます。毎年夏に行われる全国高校野球選手権では、甲子園で頂点に立つために、3年間野球に心血を注いできた球児たちが集います。投げ、打ち、笑い、涙し、叫ぶ彼らの姿は、一瞬一瞬変わります。どれをとっても同じものはないからこそ、一つ一つのプレーを撮り逃すことのないように気持ちを引き締めて撮影に臨んでいます。

これから:2014年のサッカーブラジル大会を取材したい!

2013年7月 サッカー東アジア選手権 韓国戦のロスタイムにゴールを決め、喜ぶ柿谷(中央)と日本代表の選手たち/関田撮影

サッカーW杯は入社した頃からの夢でした。小学校の頃からサッカーを始め、プレーヤーとしての道をあきらめた後も、何かしらサッカーに関わって行けたら、という思いがずっとありました。入社した年から、特に仕事が入っていない時間を見つけてはJリーグの取材や高校サッカーの取材に行くことを心がけていました。昨年頃から海外出張にも行くようになり、今は2014年のブラジル大会を取材したいと思っています。

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