先輩の声

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佐賀総局 菅原 普 文学部 行動科学科卒 2013年入社

Profile

出身:東京都
飲む場所に困らないのと、寄席がたくさんある!

中・高・大のブカツ&サークル:
中学時代/バスケ
高校時代/バスケ
大学時代/海外旅行

ひとこと:バスケでは、けがによる挫折を経験しました。でも「そういう経験をしておいてよかったな~」と今にして思います。

職歴・キャリア

2013年4月:入社

同年:仙台総局 県警担当

2014年4月:佐賀総局 県警・高校野球担当

同年9月:県政担当

入社動機

もともと他の新聞社で広告の仕事をしていましたが、東日本大震災があった時に新聞紙面から全ての新聞広告がなくなったことがあり、「本当に困った人のために仕事ができるのは記者かもしれない」と考えました。なかでも朝日新聞は、記者の顔や主張が見える記事が多いと思って志望しました。

オフの過ごし方

休みの日は走ったり、泳いだり、とにかく体を動かします。夜になれば、大体飲んでいます。いずれも日頃の仕事から離れようと思ってやっているつもりですが、ふと「こんな記事書いたら面白いかも」と思いつくきっかけにもなります。連休は鹿児島や沖縄など、海のきれいな離島をめぐることも。

座右の銘・好きな言葉

「万物は流転する」

過度にものごとに執着しないようにしています。

新入部員にひとこと

名刺ひとつでいろんな人を取材して、いろんな記事を書くことができます。取材経費は会社が負担してくれるし、こんなに愉快な仕事はそうそうありません。「朝日新聞を利用してこんなことをしてやるぜ」という人は、ぜひ。

地方にいるからこそ見えることもある。国や世界とのつながりを意識しながら、日々、記事を書く

現在の仕事:ニュースの切り口を工夫し、読み手の興味を喚起する記事を

佐賀県政クラブに所属し、県政全般や県議会を取材し、おもに佐賀県版に載せる記事を書いています。クラブには毎日、多くのプレスリリースが投げ込まれますが、そのまま記事にするのも味気ないので、どんな切り口で取材をすれば、おもしろい記事が書けるか、日々思いをめぐらせています。また、あまり持ち場にしばられず、フットワークを軽く、興味を持ったものは何でも取材をする、というのも心がけていることです。

実は、前任地の上司に「次は佐賀県だ」と言われたときには「ニュースあるのかなぁ」と思いましたが、これがいくらでもある。最近は、体が2つあればいいのにと思う日々です。
地方にいるからこそ見えるものもあります。エネルギーや防衛、農業政策など、遠い東京で決まったものごとが県内に大きな影響を与えることがあります。「地方のことを考えてくれているのかな」と思うこともあり、地方都市にあっても都心や、または海外で起こるニュースとも常に無関係ではない、と感じています。

印象に残っていること:先祖代々有明海とともに暮らす人たちと向き合う

有明海に関心を寄せて取材をしています。県内の有明海は、日本一の生産量を誇るノリを生みだす一方で、ここ20年ほど、地域的には深刻な不漁も抱えています。原因は、国によって進められた干拓事業とも言われますが、多くの議論があります。以前、ある漁業関係者を取材していたとき、「もっと継続して取材をしてほしい。記者さんはどんどん異動しちゃう」と言われたことがありました。記者がひとつのテーマを担当するのは、一定の期間に限られますが、先祖代々海とともに生きてきた人たちは、ずっとこの不漁と向き合わなければなりません。またこの問題には、漁業者、農業者、科学者、弁護士、国や沿岸県など実に多くの人たちが関わりを持ちます。取材のために勉強は欠かせません。こうした息の長い複雑な問題に対して、こちらに来て間もない自分になにができるか、常に自問自答しながら取材にあたっています。

加えて、漁業者の人たちに「海が悪くなったとむやみに書かないでほしい」とも言われることがあるのも、悩ましい点です。海の異変を報道すると、県外の卸業者などに「有明海の水産物は質が悪化した」と思われることがあるそうです。記事にすることで問題の解決に貢献しうる一方で、それが風評被害になるかもしれない。新聞で報じることの難しさをかみしめる毎日です。

自問自答すること:記者として、取材対象者の個人的領域にどこまで踏み込むのか?

前任地で県警担当をしていた時のことです。殺人事件の被害者遺族の家に取材に行く機会がありました。家の前で遺族の帰りを待っていた私は、事件の知らせを受けて急いで帰って来た遺族に声をかけました。取材は言下に断られましたが、その遺族が家に入ったとたん、それまで聞いたことのないような大きな泣き声が、外にいるこちらまで聞こえてきました。まさしく「慟哭」でした。「自分はなにをやっているんだ」と思いました。結局遺族からきちんと話を聞くことはできませんでした。あの時なんと声をかけるべきだったのか、それともかけるべきではなかったのか、いまだにはっきりと答えは出ていません。

また前任地は、東日本大震災の被災地でもあったため、家族や友人を失った人に話を聞くこともありました。つらい経験をどこまで聞いていいものか、いつも取材をこわごわ始めました。ところが、津波で家族を失った高校生を取材していたときです。何度も会って話をするうちに、「同情されたり、気を遣われたりしたくない。普通にしてほしい」と話してくれました。こちらが身構えることで「被災者」のレッテル貼りをしていた、とはっとさせられた経験です。
この仕事は、いろんな人に取材をする機会が得られる一方で、時として人の個人的な領域に土足で上がり込んでしまうことがあります。どんな言葉遣い、どれくらいの距離で相手に接するのか、記者の人間力が問われる場面があると思います。

仕事上のモットー:書くために、読む。アンテナを張って多くのことを吸収

仕事を終えて帰宅した後は、短い間でも自分の時間を作るようにしています。本を読んだり、ネットをしたり、音楽を聴いたり。自分の好きなことをして、その日あったことを全部リセットしてから就寝します。夢中になれる仕事である半面、休むことがおろそかになってしまうこともときどきあるので、バランスが大事だと思っています。

それから書くためには、「読むこと」も必要です。時間の許す限り、他紙やネットニュース、雑誌にも目を通します。いま社会で何が起こって、どんなことに関心が集まっているのか。おもしろくて深い記事を書くためには、そうしてアンテナを張って、多くのことを吸収しないといけないと思います。とはいえ、忙しいとついつい怠ってしまい、上司に怒られることも……。

これから:司法に経済、いろいろなことを勉強して記者としての足腰を鍛える

 ぼんやりとですが、司法に興味があります。暇があれば、法曹にまつわる本や法律雑誌などを読んで勉強しています。取材で裁判書類を読み込むことが多いのですが、原告も被告もどちらも論理的で筋が通っているように思える。裁判所はどちらの言い分も等しく聞きますが、時として一方の主張は全面的に退けられます。いったい、どうしてこんな判決が出たんだろう、と純粋な興味から知りたいと思うことがあります。特に裁判官は、一般的に寡黙な法曹とされますが、いつか取材してみたいと思っています。といいながら、最近は経済事件にも興味が出てきました。いまはいろんなことを勉強して、記者としての足腰を鍛えることを心がけています。

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