先輩の声

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社会部 杉浦 幹治 国際広報メディア研究科修了 2005年入社

Profile

出身:愛知県
ドラゴンズファンが多いところ。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / 剣道部
高校 / 自転車
大学 / 探検部、バンド、教会の日曜学校の手伝い

ひとこと:特に探検部では、洞窟や川下りなどあまり人がいかないところに行けたので、今でも当時の話をするとおもしろがってもらえます。

職歴・キャリア

2005年4月:入社

同年:横浜総局 横浜市南部署回り→高校野球担当→県警本部捜査1課→市政 担当

2007年12月:松本支局 司法・事件担当

2008年9月:長野総局県政担当→県警担当

2009年4月:東京社会部八王子支局長→検察庁、証券取引等監視委員会担当→社会部遊軍

2014年:経済部(経済)

2016年:社会部

入社動機

実家で朝日新聞を購読していて、小さい頃から読み、親しみがありました。反骨精神のある会社とも感じていたので、志望しました。

オフの過ごし方

だいたい飲んでいます。趣味は山登りとサイクリングとギター。ローリングストーンズが好きで、いつかカバーバンドがやりたいです。

座右の銘・好きな言葉

「全ては時に叶って美しい」
「その時に、その事が起きるのは、意味がある。つらいことでも、必ず乗り越えられる」という意味の旧約聖書の言葉です。

新入部員にひとこと

就活は、自分が何をしたいのか、何をしてきたのかを見つめ直せるいい機会と思います。辛く、しんどいこともあると思いますが、「全ては時に叶って美しい」です。ご武運を。

事件であれ、なんであれ、様々な視点で取材し、事実が何であるのかをつかみたい

社会部での仕事:多様な仕事ができる「遊軍」の魅力

東京本社社会部では「遊軍」として活動していました。「最近の流行」や「おもしろい人」など話題ものの取材をする一方、大きな事件や事故、災害の時にはいち早く現場に駆けつける役割も担っています。要は、「何でもやる」担当です。

遊軍のおもしろいところは、いま動いている、世の中で最も注目が集まっている出来事の取材ができることです。私が遊軍に来たのは2013年9月で、この原稿を書いている現在、まだ2カ月弱しか経っていませんが、栃木県で起きた竜巻や伊豆大島の台風被害では、発生直後に現地に行きました。東京オリンピックの開催が決まった時も関連取材をし、日本最大級の医療グループ「徳洲会」の選挙違反事件も関係者から話を聞いています。これだけ多様な仕事ができるのは、遊軍ぐらいではないでしょうか。

予定がなかなか立てられず、友だちとの約束が度々流れるのは寂しいところですが、日々起こることにすぐさま反応して、記事を書く、新聞記者らしい仕事をさせてもらっていると思います。

辛かったこと:被災者の救助と記者としての使命の狭間で

2013年10月16日未明、伊豆大島で発生した土石流の被災現場に、同日昼前、本社ジェット機で向かいました。

上空から見ても、山から市街地に大量の土砂と木が流れ込んでいるのがはっきりとわかりました。着陸後、用意していたレンタカーに乗り込み、土石流が起きた「大金沢」近くに着くと、いくつもの家が根こそぎ流されたり、泥に埋もれて崩れていたりしている光景が目に飛び込んできます。山をみると、あちこちで崩れた跡があり、地面もえぐられたところだらけです。

被害の大きさに寒気を覚えたときに、近くにいた女性から「あそこに人がいる」と声をかけられました。倒木に挟まれて動けなくなっている女性がいました。発見した高校生や消防団と一緒に、何とか引っ張り出しましたが、すでに事切れていました。

目立った外傷はなく、眠っているようにも思えました。救助を手伝ったその高校生は「もっと早く見つけてあげられていれば…」と悔み、その姿は痛ましいものでした。

そうした場面にカメラを向ける自分に対し、「何をしているんだろう」とも思います。ですが、悲惨な現場こそ伝えなければいけません。何回やっても慣れるものではありませんが、そう言い聞かせて取材をしています。

印象に残っていること:記事を書くことによって、社会が抱える問題を改善

職員室も教室に変えてしまったため、教職員の机(右手前)も子どもたちの机と一緒に各教室内に並ぶ=長野養護学校、杉浦写す

入社して5年目、長野総局にいたときに、特別支援学校の教室や教員が全国的に足りていないという問題を取材しました。特別支援学校というのは、障害のある子どもが通う学校のことです。ある県議から「あちこちでパンク状態になっているようだ」と聞き、取材を始めたのですが、現場に行くと驚くことだらけでした。運動場がつぶされて、プレハブがいくつも建っている。職員室はなく、教員の机は教室にありました。倉庫がなく、机や椅子などの備品が廊下に置かれていて、車いすが通れるかどうか、という状況でした。

調べると、特別支援学校に通う子どもは、少子化の中逆に増えていて、10年間で3割も増加していました。

行政側は、子どもは増えているのに対策を取らず、その場しのぎの対応しかしてこなかったのです。36道県で、法定の教員数を満たしていないこともわかりました。一番足りていなかったのは長野県でした。

記事は1面トップに掲載されました。県教委は特別支援学校のあり方を検討する会議を設置し、教員の補充を始めました。

記事が問題が改善されることに多少なりとも役に立ったのではないかと思っています。

仕事上のモットー:集中して活動するために、確実に睡眠をとる

ちゃんと寝るときは寝る、というのを心がけています。

もともと寝るのが好きで、何時間でも寝られてしまうのですが、この仕事はあまり寝かせてくれません。事件担当になると「夜討ち朝駆け」と言って、2人だけの時間をつくるために、取材先が出勤するときや帰宅するときを狙って話を聞きに行きます。どうしても早朝、深夜の仕事になるので睡眠時間に直結します。それを補うために隙を見計らって日中昼寝をするのですが、慣れてくると5分単位ぐらいで寝られるようになります。私は、学生時代はコンタクトだったのですが、記者になってからはいつでもどこでも寝られるようにメガネにしました。寝ないとちゃんと物事が考えられませんし、体にも障ります。会社全体としてもそうした共通理解があるので、けっこう大手を振って寝られます。

現在の仕事:経済部の電機メーカー担当として不正会計問題を取材

10月まで経済部で、電機の担当をしていました。「安くていいもの」をつくり、メイドインジャパンの評価を世界で高めた日本の電機メーカーですが、企業によっては近年、苦戦が続いています。業績を回復させた会社も、一般消費者向けから企業向けに大きくビジネスモデルを変えています。

そうしたダイナミックな変化を取材できると思ったのですが、この半年は東芝の不正会計問題取材にかかりっきりで、社会部時代とほとんど変わらない日々でした。東芝取材では、「目標を無理強いする上司」「空気を読んで逆らわない部下」という、多くの日本の企業、組織が大なり小なり抱える悪しき風土を垣間見ました。

そうこうしている間に妻の妊娠がわかり、11月から3月いっぱいまで、育休を取得。子育てを初めとした福祉や地域の話を吸収して、帰ってこようと思います。

これから:民間企業や組織の動向を理解するため、経済を学ぶ

現在、経済の勉強をしています。遊軍となる前は、証券会社を検査したり、金融犯罪を告発したりする、「証券取引等監視委員会」を担当していました。監視委はもちろんのこと、告発する先である検察、調べられる側である証券業界、いわゆる「兜町」の話を聞いていると、驚くほどお互いのことをけなしあっていました。

検察は監視委に対して、「刑事裁判がわかっていない」と言いますし、監視委は「金融市場がわかっていない」と言い返します。そして、兜町は当局に対し、「何もわかっていない」と思っています。そして、一番たくましいのは兜町を含め、民間企業でした。

事件であれ何であれ、様々な視点で取材しなければ事実が何かつかみ損ねます。これまで、当局を取材する担当が長かったのですが、前提として、民間の企業や組織が今何を考えていて、何をしようとしているのかを理解できている記者になるべく、勉強をしようと思っています。

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