先輩の声

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大分総局 鈴木 春香 文学部卒 2013年入社

Profile

出身:東京都
八王子市は、東京だけどのどかです。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学時代/硬式テニス
高校時代/硬式テニス
大学時代/硬式テニス、日本文化研究会

ひとこと:テニスで厳しく鍛えられたおかげで、精神力は強いと思います。自覚がないのですが、初任地では体力も相当あると言われました。

職歴・キャリア

2013年4月:入社

同年:広島総局 警察・司法担当

2014年4月:大分総局 警察・司法担当

入社動機

大学での海外留学・旅行をきっかけに、まだまだ知らない世界がいっぱいある、もっと知りたいと思っていました。就職活動中に会った記者の話を聞いて、記者だからこそ出会える人・場所、面白い出来事があると強く興味をひかれました。当時は朝日新聞以外読んだことがなかったので自然と第一志望になりました。

オフの過ごし方

休日は大体テニスをしています(昨年は地元紙主催の大会で優勝し、顔写真つきで載りました・・・!)。ほかには地元の読書会に参加したり、友達とご飯に行ったりします。食材がおいしいので有機野菜を売る店のリサーチにもはまっています。長期休暇には海外旅行に行っています。

座右の銘・好きな言葉

「仁義を切る」

古くさい表現ですが、誠実さを突き詰めるとこういう表現になるのかな、と思います。

新入部員にひとこと

つらいこと、悲しいこともたくさんありますが、記者の仕事は文句なしに面白い仕事だと思います。記者に何か資質があるとすれば、それは「物事を面白がる能力」でしょうか。「こんなことがあったんだ!」「一体なんで起きたんだろう?」「珍しいのかな?友達に教えたい」―どんな取材でも、感情が動くポイントが一つあれば、一生懸命になれます。当てはまると思った方は、ぜひ受けてほしいと思います。

変革期だからこそ新たな仕事ができる可能性がある。現場の記者からもっとアイデアを出していきたい

現在の仕事:警察・司法担当からラジオ局とのコラボ企画まで

大分で県警・司法キャップとして、主に事件事故、裁判の記事を書いています。大分県は全国的にみて事件は少ない方だと思いますが、認知症運転者の問題や特殊詐欺事件、老夫婦の心中など、高齢者が絡む事案が多いと感じます。犯罪や事故はその社会の問題点が端的に表れるところ。地方の事件から何を読み取り、どう伝えるべきか。悩みながら取材をしています。
また、地方総局は担当以外でもやりたいと思えばどんな分野でも取材ができる環境です。これまで、移住、防災、音楽、グルメ、医療…などなど、色々なテーマで取材をしました。自然が豊かなので動物のニュースも多く書いています。今年5月には、英国王室に誕生した王女と同じ名前をつけられた「サルのシャーロット」をめぐり、動物園に賛否の電話が殺到したニュースを書きました。社会面に掲載されたほか英語版にも載り、おそらく私が大分で書いた記事で最も読まれたのではないかと思います。担当を超えて幅広い経験ができることが地方総局の良いところだと思います。

新しい取り組みの一つとして、最近はラジオ局とのコラボ企画も担当しました。記者が下調べと事前取材をした上でタレントの方々と一緒にロケに行くという全く未経験のことでしたが、異業種の方の仕事に触れられてとても新鮮でした。新聞業界は苦境と言われますが、変革期だからこそ新たな仕事ができる可能性があると思います。現場の記者からももっとアイデアを出していきたいと思いました。

印象に残っていること:「検案医」から託されたノート

もっとも印象に残っているのは、自殺や事故などの変死体の死因を調べる「検案医」を40年以上も続けた91歳の老医師に取材をしたことです。私が取材してまもなく医師は亡くなり、渡されたノートを元に追悼記事を書きました。ノートには、それまで医師が診た1766体ものご遺体の中から、業務として書く「死体検案書」に記さない裏話的なストーリーが書かれていました。自殺した人がどんな苦しみを抱えていたかを家族らに聞いたこと、交通事故で子どもを失った遺族が「子どもは苦しんで死んだのでしょうか」と案じて訪れたときには丁寧に死因を説明し「すぐに意識を失って苦しまなかったはずですよ」と安心して帰ってもらったことなど、多くの小話が温かい筆致で書かれていました。「これは記事にしたい」、そう思ってもう一度訪ねて話を聞いたとき、「もう私には必要ないから」と言ってノートをくれました。医師が亡くなったのはその2週間後でした。死期を悟って私に託してくれたのだろうか・・そう思いながらノートにかじりつくようにして原稿を書いたのを覚えています。多くの人が敬遠する仕事をどういう思いで続けていたかを、ノートのエピソードを交えて記事にしました。遺族が喜んでくれたのはもちろんですが、私はなにか使命を果たしたような不思議な気持ちになりました。こういう機会は多くはないのでしょうが、記者として取材できて本当に良かったと思えました。今でも時折ノートを読み返し、仕事のモチベーションにしています。

私の課題:苦しみながらも、世に伝えなければならないこと

記者になって半年経った頃に広島で書いたこんな文章がありました。

「ようやく記者になったことを実感してきた。6月、土砂崩れで女性が亡くなる事故があった。埋まっていた女性が発見された瞬間、娘さんが泣き崩れ悲鳴を上げるのを背後に、報道陣のカメラは一斉に現場に向かってシャッターを切る。自分も慌ててカメラを向け、遺体を追う。居心地の悪さが残った。その後、8月6日の原爆の日。まだ夜が明けないうちに静かに祈りに来る人を報道陣が取り囲み、自分もその輪の中にいることを自覚したとき、再び同じ感覚に陥った。記者は自分が取材される側だったら絶対に嫌だ、と思うときでも取材しなければならない。それがとても苦しかった。『自分が取材したくなくて、相手も嫌がっていて、それでも世に伝えなければならないことがある。それを理解するのが鈴木の大きな課題だな』。話をした先輩記者にそう諭された。今も悩みながら、課題に向き合っている。」

3年目の今も課題で有り続けているところからすると、ずっと悩み続けるのかもしれません。

貴重な経験:選挙報道の裏方、「選挙事務」を通し、チームワークの面白さを知る

自分にとって貴重な体験となったのは、昨年、選挙事務を担当したことです。新聞社はいち早く選挙結果を報じるため、開票が全て終わらないうちに途中経過を分析して誰が当選確実かを判断しなければなりません。選挙の取材班とは別に、情報を収集するためのスタッフを研修したり、集めた情報を専用のシステムを使って分析可能な形にしたりする選挙報道の裏方が「選挙事務」です。たくさんのアルバイトや記者、関係部署の方々とチームで仕事をする初めての経験でした。

選挙事務として初めて迎えた選挙が昨年末の衆院選。突然の解散から投開票日までわずか3週間ほどという日程でした。限られた時間の中で、複雑な投開票のしくみを勉強し、先輩記者と一緒にシステムの操作を覚えたりアルバイトの学生に仕事を教えたりと同時並行で進めました。経験も知識も無いながら自分にできる役割は何かを必死に考えたことは、普段の取材とは違う努力が必要でした。懸命にやるうち信頼関係が生まれていくのが分かり、大きなミスなく無事に終えられたときには、これまで感じたことの無かった充実感がありました。当たり前のことをこなしたにすぎないのかもしれませんが、チームワークの面白さを知り、人間的にも成長できた出来事として印象に残っています。

仕事上のモットー:記者の基本は、誠実であること

誠実であること。相手を裏切るような言動をしたり、ウソをついたりしないことです。当たり前のことのようですが、小さなことがもとで取材相手とトラブルになるケースをよく目にします。どういう趣旨の記事で使うコメントかをきちんと説明するとか、最初に話をくれた人に一言断ってから関係者に取材に行くとか、相手に都合の悪いことを書くときには抜き打ちにならないよう記事を出すことを事前に伝えに行くとか、基本的なことが一番大事だと思います。こういうことでお叱りを受けると、最も恥ずかしく思います。

これから:「Think globally, Act locally」

あと5年くらいのうちに何か「テーマ」を見つけたいと思っています。何のために記者をするのか、何のために記事を書くのか。ぼんやりとしたままでは良い記事が書けないと感じています。まだまだ基本的な取材力・原稿力がついていないので、地力をつけながら探していきたいと思います。

もう一つの目標は海外に出ること。海外に留学した先輩記者の話を聞いて刺激を受けました。「あなたが首相だったら何を優先課題に取り組みますか」「日本が国際平和で果たせる役割は何か」。海外で仕事をするにはそういった視点が求められるそうです。地方で記者クラブに入って日々取材していると、大きな視点を見失いがちです。「Think globally, Act locally」という言葉がありますが、人々の生の声をしっかり聴きながら、広く大きい視野で物事を考えられる、そんな記者になりたいと思っています。最近、ご無沙汰していた英語の勉強を少しずつ始めました。

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