先輩の声

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社会部(教育班) 高浜 行人 文学部哲学科卒 2007年入社

Profile

出身:東京都
世田谷区の出身ですが、意外と緑が多く、どの駅で降りてもどこかで見たような街並み。でもその分、安心できて懐かしい感じがする。

中・高・大のブカツ&サークル:
大学 / 塾講師のアルバイト

ひとこと:多くの子どもと接して現場から教育について考えることができたことと、多忙さに耐性ができたこと。

職歴・キャリア

2007年4月:入社

同年:盛岡総局 担当:県警・司法

2009年4月:津総局 担当:県警・司法、県政など

2012年4月:東京本社社会部 担当:青梅駐在、高校野球西東京大会、町田支局

2013年4月:東京本社社会部 担当:教育班

2016年5月:社会部(社会)

入社動機

塾で講師を務めているときには、何となく「このままずっと教育の世界にいるだろう」と考えていました。でも、教室で子どもと向き合ううち、自分に人を導くほどの蓄積があるかと自問するようになり、世の中の出来事や人の考えに広く触れたいと新聞記者を志しました。朝日新聞を選んだのは、自宅で購読していたからです。

オフの過ごし方

趣味は草野球です。ご覧の通りの巨体で、今や著しく運動能力が低下しておりますが、地方にいるときは毎日のようにバッティングセンターにいき、休日にはグラウンドを借りて練習をしていました。3カ月に一度ほどは、取材先のチームと試合を。終わった後のビールはおいしく、普段できない話もでき、とても楽しいひとときでした。運動した分飲み食いするので、出た腹の引き締めにはなりませんが。

座右の銘・好きな言葉

「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」

新入部員にひとこと

三重県で勤務していた2010年、中学校の美術教師から競艇選手に転向した当時29歳の男性を取材させていただきました。夢のために困難な道を選んだその方の言葉が、今も心に残っています。「不安はあります。でも、駄目でも情けなくてもいいから、がんばって挑戦している姿を教え子たちに見てもらいたい」。見た目を気にせず、開き直って突っ込む姿は、その方の教え子だった当時中3の男子が言った通り、「めっちゃ、かっこいい」ものでした。就職活動にあまり熱心でなかった私には偉そうなことは言えませんが、確固とした目標をもった上での「当たって砕けろ」精神は、端から見ても美しいなと感じました。

連載中の「いま子どもたちは」を通じ、子どもを取り巻く教育の担い手のあり方を問う

現在の仕事:教育担当として、子どもたちをとりまく教育・家庭環境を取材

教育班の一員として、主に小、中、高校生についてのニュースや話題を取材しています。

これからの社会を担う子どもたちの最近の傾向や抱えている思い、「いじめ」や「貧困」などの社会問題、子どもたちに提供される教育の制度や枠組み、家庭や学校の現状や課題など、多くの方の興味を引く話題が取材の対象です。それゆえ、記事に対する読者の方の関心が非常に高く、反響が大きい。これは魅力の一つです。特に教育面で取り上げた記事には、ほぼ毎回メールやFAXでご意見やご感想をいただきます。どの方も、かつて学校で熱心に勉強したことがあったり、子どもを育て上げたりしてきた方々が多く、示唆に富んだお話や実体験などを書いてくださるので非常に参考になります。内容の踏み込み不足などについてお叱りを受けることもしばしばですが、「読まれている」という実感は大いに励みになり、モチベーションにつながっています。

仕事を通じて考えること:不登校の子ども、そして親に向き合う中で、自らの考えを改める

教育面で連載中の「いま子どもたちは」で、「中1ギャップ」というテーマを取り上げました。中学1年生で環境の変化に戸惑い、不登校や非行につながる現象です。登校時間になると耐え難い頭痛や腹痛に襲われ、口もきけなくなって自宅から一歩も出られなくなった男の子や、学校に行かずに外泊を繰り返し、声をかけてくる男性について行った女の子の話を聞きました。

自分の恥部でもある苦しい時期の話を、振り返りながらぽつりぽつりと話してくれる子ども本人にも感銘を受けたのですが、最も印象に残ったのは、それを見つめる親の姿でした。いただいた言葉や本人とのやりとりの様子から、本当に苦しんだことが伝わってきました。子どもが学校など教育の大きな枠組みから外れてしまうのは、一定程度は家庭に責任があり、その家庭で受け止めざるを得ない。漠然とそう考えていた私は、学校でも家庭でもない支え手が必要だと考えを改めました。

以来、教育の担い手をいかに多様化するかについて考え続けています。

私の修業時代:痛恨のミス、そしてそれを受け止めてくれる懐の深さ

初任地での私は、文章が書けない、取材が甘い、何をしていいかわからないなど、今にも増して「ないない尽くし」で、それを先輩方の指摘で毎日のように痛感する日々でした。ありきたりなのですが、自分などが記者としてやっていけるのかと不安を感じ、退職すら頭にちらついていました。

そんな中、記者として最もあるまじき、記事の事実関係を間違う「訂正」を出してしまいました。高校野球の結果を伝える記事で、勝者と敗者のスコアを逆に書いてしまう痛恨のミスでした。その日、会社に居場所はなく、同僚の視線は冷たく感じ、いよいよ消えてしまいたいと思いました。しかし、当時の直属の上司であるデスクは、再発防止などについて諭したあと、最後に「まあ、何も書かなければ、訂正も出なかったけどな」と付け加えてくれたのです。だからといって訂正を出していいという話ではないのですが、新人の私が大きなショックを受けたことを見透かし、普段の仕事ぶりをほめるようなあたたかい言葉を選んでくれたのだろうと今は思います。ただ当時の私は、大げさに言えばその言葉のおかげでドロップアウトの危機を逃れることができました。

いま、私自身も、人のつらい時期に、あたたかい言葉や思いやりを持った問いができるようになりたいと思っています。

仕事上のモットー:こちらが「取材させていただく」という気持ち

強いていえば、「謙虚さ」を意識しています。さまざまな出来事に首をつっこむ仕事柄、門前払いやたらい回しなど、拒否や嫌悪の感情をあらわにした対応に出くわすこともあります。もちろん、多くの場合は歓迎していただいているのですが、特に先方にとってあまり都合がよくないことを聞くような場合は、「隠したい」という意図も重なって露骨に拒絶されることも少なくありません。入社したばかりの頃、自分の力不足からそのような対応を受け、内心ショックを受けていたところ、先輩から「情報をいただいている立場なんだから、断られたら仕方ない。冷静に、他のところに頼めばいい」と諭されました。その後、相手の感情的な対応に感情で反応しないようになりました。

同時に、こちらが「取材させていただく」という気持ちで丁寧にお願いすると、先方の気持ちもほぐれる場合が多いことにも気づきました。当たり前のことではありますが、腰と目線を低くし、受け入れていただきやすい態度と言葉を日々勉強中です。

これから:公的なものだけでなく、民間教育の動向を取材したい

教育と言えば学校など公的な性質を帯びたものが話題の中心です。ただ、塾講師として勤務した経験から、多くの子どもたちにとって身近な民間教育にまつわる記事を書いていきたいと思っています。当時、現場で感じたことは、子どもたちは家庭環境や接近可能な教育資源によって多種多様であるということ。学力だけをとっても、中3で英単語の「have」が書けない子から複雑な数学の立体問題を短時間で解く子までさまざまでした。「デザイナー」「科学者」など、抱えている夢や目標も異なり、それぞれにあった指導やかかわりの大事さを痛感しました。

集団での活動を通じて社会性や規範意識を養う公教育に対し、個別指導や需要にあった教育が可能な民間教育はそれを補完する役割が果たせると思います。お金がかかるという課題を含め、継続的に民間教育業界の動きを取材していきたいと思っております。

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