先輩の声

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校閲部 田島 恵介 国語学専門分野修了 2013年入社

Profile

出身:熊本県
水がうまい。料理がうまい。人の心があたたかい。この三点です。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / 卓球部
高校 / 文藝部
大学 / 文藝部

ひとこと:よかったと思うのは、読書がますます好きになったこと、でしょうか。

職歴・キャリア

2013年4月:入社

同年:東京本社校閲部

入社動機

まずは、校閲センターの先輩社員と親しくお話しする機会をもった折に、この方々のもとで働いてみたい、と考えたのが第一の動機です。さらに、池辺三山、内藤湖南、夏目漱石、緒方竹虎、松本清張、深代惇郎など名だたる人物が関わってきたという歴史性にも惹かれました。

オフの過ごし方

古書店・新刊書店めぐりを楽しんでいます。購ってきた本を紙袋から取り出し、カフェや自宅で読むひとときに無上の喜びを感じます。そのほかにも、クラシック(音楽)を鑑賞したり、映画を鑑賞(自宅、あるいはミニシアター系など)したり、展覧会を見てまわったりしています。

座右の銘・好きな言葉

「躬自厚、而薄責於人、則遠怨矣(『論語』衛霊公第十五)」

新入部員にひとこと

現在の私があるのは、しかるべき人にしかるべきタイミングで出会うことができたお蔭です。たった三十年間でも、人生の選択を迫られる岐路に立たされた瞬間が何度もあって、そのたびに悩みぬきました。そうして悩んだ結果、多くの方々との出会いに恵まれてきました。その時々の出会いが、いまの私につながっています。今後の人生にも、きっと様々な出会いが待ち受けていることでしょう。
皆様も、ひとつひとつの出会いを大切にしながら、大いに悩み、決して後悔することがないよう頑張ってください。

記者が書いた原稿を世に送り出す最後の関門として冷静かつ慎重に、文章と向き合う

現在の仕事:記事が紙面になるまでの限られた時間内で、文章・内容をチェックする

文字の誤脱・ことばの正誤や用法のみならず、原稿のスタイルが定型から外れていないか、事実関係に誤りはないか、文が前後で矛盾をきたしていないかなど、文章の形式だけではなく内容にまで立ち入ってチェックするのが、すなわち校閲業務です。また、時と場合とによっては、個々人の表現の問題にまで立ち入ることもあります。したがって校閲とは、記者の方々の書かれた文章が世に出ることを手助けするための「サポート部署」であり、「最後の関門」でもあるといえます。記事が紙面に載るまでの限られた時間内でそれらを調べあげなければならないので、根気や慎重さに加えて集中力も要求されます。

その魅力としては、仕事をしながら様々な文章にふれるため、知的好奇心が刺戟され、興味の幅が広がることがまず挙げられます。それから、多くの方々の手によって新聞が完成してゆく現場に立ち会えるので、共同作業の楽しさやむつかしさを味わうことができるというのも、また魅力のひとつであると考えます。

やりがいを感じたこと:「訂正」「おわび」につながりかねないミスを水際で防ぐ

これは昔からしばしば言われることらしいのですが、校閲業務は「誤りを防いで当然」とされる仕事ですから、防げなかった誤りのほうがどうしても目立ってしまい、「訂正」や「おわび」のかたちでクロース・アップされるきらいがあります。つまり、紙面に載る前に撃退した多くの誤りは、見逃してしまったたった一つの誤りのかげに隠れてしまって、顕彰される機会がほとんどありません。

それでも、見出しや人名の誤りなど、「訂正」「おわび」につながりかねない事実誤認を指摘したあとに、校閲デスクの方がねぎらいのことばをかけて下さったり、編成局の方がわざわざお礼を言いに来られたりしたことが幾度かありました。このときばかりは、その一言にたいへん報われたような気持ちになり、校閲の仕事をしていて本当によかった、としみじみ思いました。

新人研修でのこと:研修で取材の難しさ、偶然の出会いの面白さを実感

新人研修の一環として、街の人々に対して唐突に取材を敢行するという時間が設けられていました。ところが、いざ取材をしようとすると、逃げられたり、怒鳴られたり、無視されたりと、悲しい思いを何度もしました。加えて、私よりも一回りほど年下の同期の社員たちは軽々とノルマを達成してそつなく取材をこなしてゆくので、ますます落ち込むばかりでした。

そうしたなか、たまたま声をおかけした女性がフリーの雑誌記者で、私のことを心配して下さり、取材の心得について一から教えて頂くという得難い体験をしました。また、地方から来られた男性とは、郷里が近いこともあって話も弾み、別れ際には親身になって励まして頂きました。

取材の労苦を知るとともに、取材を通じることでしか生まれえない奇縁を感じた次第です。

仕事上のモットー:校閲は、冷静かつ慎重に、そしてできるだけ丁寧に

他人の書いた文章に朱を入れるという行為は、つまりはその対象箇所が「誤りである」、ないしはそこに「改善すべき余地がある」と指摘していることになるわけで、校正者の大西寿男さんはそれをたとえて、「神さまの立場に立つことになる」(『校正のこころ―積極的受け身のすすめ』)と述べています。それだけに、校閲作業はかなりの緊張感がなければできないことだと思っており、つねに冷静かつ慎重でなければならない、と自分に言い聞かせています(もっとも、それだけ注意をしていても、校閲デスクに「勇み足」をたしなめられることがままあります)。

したがって、時間に余裕があるときに出す指摘は、礼を失することがないよう、できるだけ丁寧に、わかりやすく、そして読みやすい字で、ということをいつも心がけています。時間にあまり余裕がない場合でも、限られた時間のなかで、この指摘は出すべきか否か、あるいはどの指摘を先に出すべきかなど、その優先順位について思いをめぐらせつつ、「できるだけ丁寧に」という点は怠らないように努めています。

これから:ジャーナリズムとアカデミズムとの懸け橋に

私は、大学に十年間在籍して、数年間の非常勤講師生活を経たのちに入社いたしました。長いあいだ学究生活を送ったということもあって、校閲業務に携わるようになった現在でも、学びたいことや知りたいことがまだまだたくさんありますし、興味の対象は狭まるどころかむしろ広がりつつあります。いまは日々勉強と心得て、いつも新鮮な気持ちで原稿と向き合うようにしています。

そしていつの日か、――たいへん慾張りなことを言うようですけれども――新聞社で学んだことを研究方面に活かし、ジャーナリズムとアカデミズムとの懸け橋になるような仕事もしてみたい、と考えております。

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