先輩の声

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国際報道部エルサレム支局 山尾 有紀恵 言語社会研究科修了 2004年入社

Profile

出身:岩手県
私の地元・遠野市では、「じぇじぇじぇ」ではなく「じゃじゃじゃ」と言います。流行らせたいです。

中・高・大のブカツ&サークル:
中学 / バレーボール部
高校 / 英語部
大学 / テコンドー部

ひとこと:海外留学を希望していたので、護身術を身につけようと大学でテコンドー部に入りました。3年生のときにエジプトに留学して、自分は逃げ足のほうが速いと気付きました。

職歴・キャリア

2004年4月:入社

同年:和歌山総局 警察・高校野球・県政などを担当

2007年5月:外報部

2007年9月:政治部 官邸、自民党、国会、民主党、外務省などを担当

2011年9月:エルサレム支局

2015年1月:ローマ支局

入社動機

1年間のエジプト留学から帰ったら、日本の就職活動のペースについていけず、大学院へ進学。修士課程の中頃に再び就職活動を始めたものの、就職氷河期で、文系大学院生には厳しかった。いつかは中東で働きたいという思いも断ち切れずにいました。朝日新聞はどんな経験も「個性」ととらえてくれる懐の深さがあり、仕事の自由度が高いことも決め手になりました。

オフの過ごし方

料理が趣味。出張先で気に入った料理があると、本屋で料理本を購入し、スーパーでスパイスなどを手に入れ、後から自分で作ってみることも。最近は冷凍術にはまっています。出張前には卵やキャベツなど、食べきれなかった食材をせっせと冷凍しますが、先日、1カ月の出張後に帰宅したら電気が止まっており、冷凍庫の中の食材が違うものになっていてショックでした。

座右の銘・好きな言葉

「郷に入っては郷に従え」

新入部員にひとこと

新聞記者は、入社してみたら結構普通の人でした。普通のあなたは安心して、普通じゃないあなたは自慢して。何しろ世の中はとても広いので、書くべきことはたくさんあります。一緒に書きましょう!

複雑な中東情勢を読者にどう伝えるか?終わりや限界がないのが、この仕事の魅力

エルサレム支局での仕事:激動期の中東で、女性だからこそできる取材がある

イスラエル、パレスチナ(ヨルダン川西岸・ガザ地区)を主にカバーしていました。中東和平を中心とする政治の動きはもちろん、防衛、経済、宗教、芸能など、ありとあらゆるニュースを取材します。今は中東全域が激動期に入っているので、カイロなど他の中東地域へもたびたび出張します。事件・事故など、「今すぐ○○へ飛んで!」というようなことも多いので、最低限の通信機材はいつも持ち歩き、支局には着替えなどを詰めた機内持ち込み可能なスーツケースを常備しています。

「中東で女性が働くのは大変ではないですか?」とよく聞かれますが、むしろ有利です。女性だからこそ、女性しか入れない場所へも入って取材することができます。男性だけしか入れない場所でも、宗教施設以外では取材を断られることはほとんどありません。地元記者も、女性の活躍が目立ちますね。

本当に記者の仕事は森羅万象が相手です。毎日のように新しいことが起きて、1日たりとも同じ日はありません。そんな中、複雑な中東情勢を読者にどうわかりやすく伝えていくか。終わりや限界がないのが、この仕事の魅力だと思います。

現在の仕事:エルサレムからローマ支局へ。難民をはじめ中東に端を発する問題を記事に

2015年1月にエルサレムからローマ支局へ異動しました。今度はイタリア、バチカン、ギリシャ、マルタ、キプロスなどが担当地域です。中東から欧州に引っ越したとはいえ、同じ地中海文化圏なので、行く先々で古くからの交流をうかがわせる史跡を見つけては感動しています。

いま、欧州では難民問題をはじめ中東に端を発する問題が表面化しています。担当地域の課題を深掘りしつつ、中東を取材したときに発見したことをどう生かして伝えられるか、日々頭を悩ませています。

特派員の仕事で面白いのは、取材を通じてその国の習慣の違いが見えるところです。中東では取材先でまず1杯のコーヒーを飲まなければ始まらないのが、ギリシャでは昼間なのに「まず1杯飲め」とお酒を振る舞われることも。日常生活で発見したおもしろいことが記事になる場合もあるので、暮らし自体が取材の一環と言えます。

実は私が海外に興味を持ったきっかけは中学生のときに地元・遠野市の姉妹都市のイタリア南部サレルノ市でホームステイしたことでした。カイロとエルサレムを経てまたローマへと、地中海周辺には何かとご縁があるようです。

印象に残っていること:ジャーナリスト仲間の言葉が私の心を刺激する

「空爆の犠牲になった人の名前・年齢・境遇を書くようにしている」。2012年11月のイスラエル軍によるガザ空爆後に会ったパレスチナ人のジャーナリストが語った言葉です。何人が死亡という数字では、その人に普通の人生があったことを表せない。空爆、抗議活動、内戦などで何人が死亡という記事を書くことが増えていた頃、彼女の言葉に鈍くなっていた自分の感覚を呼び覚まされたようでした。以来、記事にすることができない場合でも、可能な限り犠牲者の詳細な情報を確認し、小さな衝突でも現場に足を運ぶように心がけています。

初任地での光景:知事の談合事件、その事件の意味を今でも考える

最初の配属先は、和歌山総局。そこで県政担当をしていたとき、当時の木村知事が逮捕された談合事件がありました。県庁に大阪地検特捜部が捜査に入り、知事を正面玄関から連行していった光景が忘れられません。なぜあのような事件が起きてしまったのか、今でもその意味を考えています。ある人の人生を大きく変える可能性のある報道の力やそのあり方について、いろいろ悩み、深く考えるようになったのもその頃からでした。

仕事上のモットー:その国のルールに合わせ、現地の空気に溶け込む

エジプトに留学することになった大学3年生の夏、恩師から「エジプトは一見混沌としているようでも、その中にルールがある。それに従って生活するように」とアドバイスを受けました。中東に住んでみて納得。例えば、午前10時に取材の約束をしても、1~2時間遅れるのは当たり前。取材現場に着いてからドタキャンということも時々あります。逆に、「今から30分後に行ってもいいですか」というのがOKのときもあります。

こうしたルールは国や地域によって微妙に異なるのですが、日本と違うペースで回っている国で、こちらの都合は関係ありません。かりかりしても仕方がないので、「まあいいか」と悠然と構え、なるべく現地の習慣にならい、服装に合わせ、地元の料理を食べるよう心がけています。現地の空気に溶け込むことは、危険地で目立たないためにもいいし、地元の習慣を尊重すると相手も敬意を払ってくれます。相手の視点で物事を観察することは、深い取材をするために不可欠だと思います。

これから:中東のスペシャリストに

将来的には中東の全総支局の特派員を経験して、中東のスペシャリストになること。大学時代はアラビア語を専攻し、今はヘブライ語を勉強していますが、ゆくゆくはトルコ語とペルシャ語にもチャレンジしたいです。そのうち古代語まで読めるようになって、未解明の文字の解読、考古学上の新たな発見ができたらいいのにと思います。え、そのための勉強?暇になったらやります。

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