Profile
朝日新聞コンテンツ編成本部 音声ディレクター
神田大介(かんだ だいすけ)
愛知県出身。2000年に入社し記者として宇都宮総局、金沢総局、名古屋報道センターで勤務し、国際報道部ではテヘラン支局長などを務めた。
2020年から編集局コンテンツ編成本部の音声ディレクターとして、「朝日新聞ポッドキャスト」のチーフパーソナリティを務めている。
激変するメディア環境のなか、“伝え方”も変化しています。記者たちが仕掛ける次の一手は…2つの取り組みをご紹介します。
朝日新聞ポッドキャストは、朝日新聞社の音声報道番組のブランド。
2020年5月に朝日新聞デジタルにて配信開始、8月には主要なポッドキャストサービスで配信開始しました。新聞記者が新聞の文体を捨て、リスナーに向けて全身全霊で伝わる言葉を尽くし、音声でファクトに迫るこのサービス。メインMC神田大介さんと、プランニングディレクター中島晋也さんに、想いと狙いを伺いました。
このインタビューの様子は、ポッドキャストの番組として配信されます。
派手な柄シャツに、黒いニッカポッカがトレードマーク。神田さんは2020年から、音声メディア「朝日新聞ポッドキャスト」のメインMCを務めています。
記者やゲストと時事問題を語り合う「ニュースの現場から」、新聞を含むメディアの将来について語る「MEDIA TALK」、自動音声によるニュース読み上げ「朝日新聞アルキキ」などの番組を毎日配信しています。リスナーは20~30代が約6割で、ポッドキャストは「新聞という世界観に触れてもらうためのツール」と考えているそうです。
中東で勤務するテヘラン支局長を経て2017年に帰国し、国際報道部でウェブ上の国際記事を読まれるコンテンツにするためのデジタルディレクターを務めました。2019年、社内の特派員から海外取材の裏話を聞いたインタビュー記事をデジタル向けに配信したところ、それを見た社内の幹部から「ポッドキャストをやってくれ」と頼まれました。
2020年4月、新聞のレイアウトや記事のウェブ配信を担当するコンテンツ編成本部に異動し、音声チームを立ち上げました。記事をそのまま読み上げても音声では伝わりにくいと考え、悩んだ末に「自分がMCとなり、記者と語り合う番組にしよう」と決めたそうです。
学生時代からラジオを聞くのは好きだけれど、音声メディアに特別な思い入れがあるわけではないそうです。「思い描いていた記者像とは違う仕事。特派員になりたくて頑張ったら、なぜかポッドキャストをつくっていた」。しかし、根底にあるのはジャーナリズムが危機にあるという強い思いです。「報道の使命は書くことだけじゃなく、伝えること。文字も音声もそのためのツールです」
番組に登場するのは記者だけではありません。社内でAIを開発するシステムエンジニア、印刷技術のベテラン、新規事業の担当者なども登場します。「記者かどうかは関係なく、専門分野を持っている人は社内にはたくさんいる」といい、「メディアが批判されることも多いが、実際にはまじめに仕事をしている人たちばかり。肉声を通じて、朝日新聞の社員・記者と世間との距離を近づけたい」と訴えています。
国際問題や政治家へのインタビュー、女性の社会進出、コロナ下の暮らし――。ポッドキャストのトークで取り上げるテーマは幅広く、「難しい問題ですねぇ」と結論が出ない場合もあります。「価値判断は時間をかける必要がある。『記者も悩んでいる。あなたも一緒に悩もうぜ』と呼びかけています」
就職を検討している人へのメッセージを聞くと、「新聞社の仕事は、行って、聞いて、書く、という原始的な作業で、インターネットにも出てこないような新しい情報を探し出すこと。仕事のおもしろさは私が太鼓判を押します。ぜひ門をたたいてください」と語ってくれました。
朝日新聞ポッドキャストの番組は2020年のニュース部門で1位を取り、2021年の5月には総合ランキングでも1位になりました。中島さんは音声チームの中で、ポッドキャストに入れる広告などのビジネス面を担当しています。
現在のビジネスモデルは、番組内で流れる音声広告です。これまでにNHKラジオ、Adobe、リコー、長野県飯綱町やAmazon、Spotifyなどが番組に音声広告を出しました。国内にはまだ「ポッドキャストに広告を出そう」という企業が多くないため、朝日新聞の営業担当者たちは「ウェブサイトや新聞の広告と組み合わせてもらおう」と売り込んでいるそうです。
国内のポッドキャストで広告が入っている番組はかなり少数で、朝日新聞は先進的な事例です。米国ニューヨークタイムズのポッドキャストは2020年に約40億円の広告収入があったそうで、国内の音声広告は2020年の約16億円から、2025年には420億円の市場に成長すると言われています。「ポッドキャストが盛り上がれば、広告を出す企業も増える。ライバルも増えてほしい」と期待しています。
今の朝日新聞社は「新しい提案が通りやすくなっている」と感じているそうです。「自分がゼロから作りたい、会社でやることを提案したい、という意欲がある人に興味を持ってもらいたい」と呼びかけています。
(聞き手・矢吹孝文)
朝日新聞コンテンツ編成本部 音声ディレクター
神田大介(かんだ だいすけ)
愛知県出身。2000年に入社し記者として宇都宮総局、金沢総局、名古屋報道センターで勤務し、国際報道部ではテヘラン支局長などを務めた。
2020年から編集局コンテンツ編成本部の音声ディレクターとして、「朝日新聞ポッドキャスト」のチーフパーソナリティを務めている。
朝日新聞メディア事業本部 プランニングディレクター
中島晋也(なかじま しんや)
東京都出身。2004年に入社し東京や福岡で広告営業を担当後、2016年に新規事業開発を担当するメディアラボに異動。
2017年に総合プロデュース室(当時)に異動。合成音声によるニュース読み上げサービス「朝日新聞アルキキ」の責任者になり、以後は一貫して音声ビジネスの可能性を模索している。「朝日新聞ポッドキャスト」には検討段階から関わっており、ビジネス面の責任者を務める。
「紙の新聞」のイメージが強い朝日新聞社ですが、デジタル空間で読まれるニュースの発信にも力を入れています。
デジタル上での新たな報道の形を意欲的に模索するため、2021年に「デジタル機動報道部」(現・デジタル企画報道部)を立ち上げました。
「デジタル機動報道部」の発足時から次長を担い、23年春から新聞社の伝統的な部署である「社会部」のデスクとなった仲村和代さんに、現代に求められる新聞社の「強み」と「必要な変化」について語っていただきました。
紙の新聞の部数が減っていくなか、デジタルでどう生き残っていくのか。報道機関としての役割を果たしていくために、なにをすればいいのか。
いま、報道の現場でも、そんな議論が交わされることが増えています。
その「解」を探るために、2021年4月、デジタル機動報道部が発足しました。全部で20人あまりの小所帯で、日々のニュースに即して出稿を考える機動報道チーム、データジャーナリズムチーム、そしてwithnews編集部という3つのチームに分かれてスタートしました。
私は主に機動報道の部分を担い、「どんなコンテンツを出していくか、どんな表現をするか」などを考える役割でした。記事を読んでもらうためにはどうしたらいいか、さらには「お金を払ってでも読みたい記事」とはどんなものか。それを探るために、日々、試行錯誤していました。
部が発足した当初は、「何を取材し、読者に届けていくか」の議論から始まりました。
私自身は、記者としての大半を社会部で過ごし、この10年ほど、ネット系メディアなどの取材にも関わってきました。その中で、新聞というメディアが生き残っていくためには「ネットでバズりやすい」話題を追うよりも、新聞が従来担ってきた報道をより深掘りしていった方がいいのでは、という思いが強まっていました。
話題の軽さや速さという意味では、様々なネットメディアがあり、さらに個人でも影響力のある人がいます。そうした情報があふれる中で勝負しても、新聞というメディアは不利。プロの記者が関わるからこそできる報道にこだわりつつ、デジタルに親和性の高い表現を追究していく方がよいのでは、と考えていました。
このため、大事にしたのは、「記者の問題意識を大切にすること」。通常、新聞社では「政治」「暮らし」「事件」など、テーマや持ち場がある程度決まっており、次々に起きる出来事に追われる形になりがちです。デジタル機動報道部には、そういった担当は特になく、従来の部の枠組みでは拾いきれないような話題を、時には他の部と協力しながら取材しました。
2年目に力を入れたのが、「ハグスタ」という枠組みです。もともと、子育て世代向けの紙面のコーナーとして始まり、デジタルにも発信していました。社内には、子どもの問題に関心を持っている記者がいろんな部にいます。
こうした人たちをつなげば、さらによいコンテンツ作りにつながるのでは、と考え、週1回、「誰でも参加できるミーティングの場」を作りました。出稿義務はなし、アイデア出しっぱなしでもOK、という場です。ミーティングは毎回、大変もりあがり、「ちょっと気になっている子育ての悩み」から、事件や事故が起きた際の素早い出稿まで、多角的な報道につながりました。
保育園で散歩中に公園などに園児を置いたまま気づかずに戻ってきてしまう「置き去り」事案についても、保育士の配置基準の低さなど構造的な課題を踏まえた報道を続けました。子育てをしている記者の問題意識をいかして、対策や防止策を社会に問うことができたと考えています。
マンションの老朽化、全国で増える空き家など、高齢化社会ならではの住まいの悩みに焦点を当てた企画も、他の部と連携しながら手がけました。
データジャーナリズムの手法を取り入れて人口データを分析したり、「動く」インフォグラフィックスを導入したりと、取材手法や表現の部分でもいろいろと工夫し、反響を呼びました。
私自身は大学時代から少しずつ、ネットが日常生活に入ってきた世代です。ITバブルといわれていた時代でもありましたが、私自身はさほどの興味はありませんでした。ただ、2010年に社会部のメディア担当になり、向き合わざるをえない場面がどんどん増えてきました。
2011年の東日本大震災では、ツイッターの社会部公式アカウントでの情報発信に関わりました。今ではもう当たり前になりましたが、報道機関の公式アカウントでの発信はまだ少なく、デマも含めた情報が飛び交う中で、「確かな情報を届ける役割」を果たせたと思います。
一方で、それまでの紙を通じた発信がいかに「作り手目線」だったかも痛感させられました。
例えば、新聞の紙面では「市内の○カ所に給水場所を設けた」といった形の原稿を書いてきました。スペースが十分でなく、手間もかかるため、すべての場所を紹介するのは難しいと考えられていたからです。
ところが、読者が知りたいのは「何カ所か」より、「自分の家の近くのどこで給水できるか」。給水場所がなければ、情報としてはほとんど意味がありません。ツイッターでこうした反応をもらって軌道修正できたことは、発信のあり方を考える契機になりました。2012年末には、ツイッターなどのSNSで「取材すること」をテーマにした新しいタイプの企画にも関わりました。これももう今では当たり前になりましたが、当時はまだこうした取材手法は一般的ではなく、手探りでの試みでした。
その後、SNSで拡散された匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね」など、ネット上の話題そのものがニュースになり、社会現象になることも次第に増えていきました。 人々の生活と切り離せないものになったデジタルの世界。メディアとしても当然、それに合わせた変革が必要とされています。
紙には、紙でなければ出来ない表現や面白さがあります。一方で、どうしてもスペースに限りがあり、十分に伝え切れないという限界があります。さらに、記者の動きも「紙面に載るかどうか」を前提にすると、制約されてしまう面があります。デジタルの可能性の一番のポイントは、その制約を取っ払うことなのではないか、と感じます。さらに、読者の反応を見ながら修正し、次につなげられるのもデジタルの良さです。
デジタルに向けた取り組みは、さらに次の段階に進んでいます。デジタル機動報道部は「デジタル企画報道部」にリニューアルされ、新たに、立ち止まるためのメディア「Re:Ron(リロン)」がスタートしました。ネットに膨大な情報があふれる時代、対話を重ねて「論」を深め合うことを目指しています。
私自身は2023年5月から社会部に足場を移し、引き続きデジタル化にも取り組んでいます。社会部はその名の通り、いま社会で起きていることと向き合う部署。生活の一部となった「ネットの世界」が取材対象である一方で、事件や裁判、国の役所など、長年報道機関として取材を蓄積してきた分野もあります。実は、一見デジタルとの親和性が低そうにも見えるこうした分野は、報道機関がデジタルで生き残っていく上での「強み」でもあると感じています。
強みを生かすためにも、大切なのは、記者自身が普段感じている問題意識を生かし、発信していくことなのではないか。記者が普段感じている「面白い」「これはおかしい」「とてもいい話だな」という思いを大切にする先に、何かが見えるのではないか。そう信じ、投げかけを続ける日々です。
朝日新聞社会部 デスク
仲村和代(なかむら かずよ)
両親が沖縄出身で、生まれは広島県。2002年に入社し大分総局、長崎総局、福岡報道センター、東京社会部、静岡総局BB、マーケティング部、デジタル機動報道部デスクを経て、23年5月から現職。