Data Journalism データジャーナリズム
データジャーナリズムは、様々なオープンデータを解析し、そこから見つかったニュースをビジュアル化して伝えていくものです。新しい調査報道の一つのスタイルで、朝日新聞社も近年、力を入れて取り組んでいます。
みえない交差点
警察の集計対象ではないけれど、実は事故がたくさん起きている危険な場所があることをあぶりだしたデータジャーナリズムの企画「みえない交差点」。2023年の「調査報道大賞」(報道実務家フォーラム、スローニュース主催)、INTERNET MEDIA AWARDS2023(インターネットメディア協会主催)を受賞するなど、その技術力・編集力・表現力が高く評価されました。取材した山崎啓介記者に聞きました。
警察庁が公開した100万件の人身事故データを分析し、地図上に可視化したコンテンツ。信号機がなく、名前もない小さな交差点で事故が多発していることがわかり、現場取材も踏まえて伝えた。防止策がとられるなど、社会の課題解決につながった。
「日本が少し変わった」
誰しもが一度は「ヒヤッ」とした経験があるであろう交通事故。警察などでは、事故防止のために人身事故が多発している交差点を調べてホームページで広報していますが、その調査で集計対象にならない危険な交差点が、実は全国各地に隠れていることを見つけた「みえない交差点」という調査報道企画を2022年4月に発表しました。
なぜこのようなことが起こっていたのかという原因の詳細については、連載をぜひ読んで頂きたいのですが、結果として事故件数トップクラスと呼べる78カ所の危険交差点を、19都道府県で見つけ出しました。そんな危険な交差点のなかで、特に重点的に取材したのが静岡県沼津市の街中にある小さな交差点です。静岡県警によると、道路の幅を広げる工事の影響などから、年間10回以上の事故が多発する、県下トップクラスの危険交差点となってしまっていたことが分かりました。
取材班の指摘を受けて、県警は2方向の一時停止を4方向一時停止に変えるという、規制変更と路面工事を実施。県警がここまで迅速に動くのは予想外だったのですが、我々がアドバイスを受けた交通工学の専門家の方から「日本変えちゃったね」と冗談半分で言われました。規制変更後には、事故数が大幅に減少したようです。改めて取材すると、よくこの場所を通るタクシードライバーから「事故が多くて怖かった場所。停止線が増えて安心しました」という声があり、それを聞いた時にはこの取り組みを続けてきた達成感を強く感じました。
山崎 啓介(やまざき・けいすけ) 2008年に技術部門で入社、システム部に配属。徳島総局、科学医療部の記者や米スタンフォード大客員研究員などを経験。データ分析技術をいかした報道に取り組む。
ビジュアライズにも力
かつての調査報道といえば、情報公開などで得た「表に出ていないデータ」を紙で手に入れて、一枚一枚調べていくのが主流でした。しかし近年、インターネットの普及によって、膨大なデジタルデータが発信・収集されたり、コンピューターを使ってそのデータを処理できるようになったりする「データドリブン」な社会に世の中は変化。国や地方自治体が政策決定のために集めたデータが、オープンデータとして公開されるようにもなっており、そういったデータを分析することで、人の力だけでは見いだせなかった社会課題を見つけられるようにもなりました。
そのデータ分析を報道にいかしていくのが、データジャーナリズムという新たな報道手法です。さらに報道の「見せ方」も多種多様な手法が用いられるようになったのも特徴の一つ。グラフやチャートをウェブページにきれいに並べたり、デジタルマップを使ったりして読者の理解をより深めるコンテンツを公開できるようになっています。
エンジニアとして入社
今回の取り組みで分析した交通事故のオープンデータには、2019年と20年の約68万件におよぶ人身事故データが含まれていました。データの中身はかなり詳細で、事故の発生日時や発生地点の緯度・経度、当事者の年代、当日の天気、信号機の有無など58項目に及んでいます。このデータを分析するのに欠かせないのが、プログラミングのスキルです。今回の取材では、Pythonという言語を使って、自分でコードを書き分析を重ねました。
なぜプログラミングのスキルがあるのかというと、実は記者ではなく、エンジニアとして朝日新聞に入社したという背景があるからです。2012年ごろから注目され始めた、AIやデータ分析に関する技術について調査・研究する業務に携わっていた中で、プログラミングのスキルも同時に身につけていきました。こういった技術者としての背景に加えて、記者として報道現場で取材や執筆をこなしてきた経験も合わさった「ハイブリッドなスキル」を身につけていたからこそ、今回のみえない交差点という企画を生み出すことができました。
日々の生活の中にヒント
とはいえ、毎日データばかりに向き合っているだけでは取材の端緒はつかめません。日々の生活の中にこそ記事につながるヒントが隠れていることもあります。 例えば、高値続く卵、一部で品薄も 「物価の優等生」異変の理由は、買い物に出かけたスーパーの卵売り場にあった「欠品や品薄が発生しております」という貼り紙を見かけたことから取材を始めました。
データジャーナリズムと大げさにいうほどのものではないかもしれませんが、こういった日々の生活の中にある変化を注意深く観察する「洞察力」や、そこから仮説→検証と進めていくのも重要なプロセス。こういった気づきやデータ分析から、世の中の変化や社会課題を見つけ出し、それが記事という成果物となって発表され、多くの読者に届いた時に得られる充実感は他にはかえがたいものです。
データに囲まれた近年のデジタル社会において、データジャーナリズムに注力する意義はマスメディアとしても大きいと考えています。文系、理系問わず、幅広いスキルを存分に発揮できる新たな取材手法である、データジャーナリズムに興味や関心をもってくれる仲間が一人でも多く増えてくれれば幸いです。